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ビジネス感覚は大事だけれど……コスト意識と翻訳と単価とレビューの話

以前に何度か、レビュアーの立場として翻訳者さんに「このくらいの品質でお願いしたい(ほんとはもっと詳しく言っている)」と伝えたら「ペイしないので、現状のままでやらせてください(大意)」と言われたことがありました。

驚きすぎてなんと返答したか具体的には覚えていませんが、あまり気の利いたことは言えなかった気がします。このあたりのことを頭の整理もかねて書いてみたいと思います。

フリーランス翻訳者としてのコスト感覚は大事

単価から希望する時給を割り出して、それを(トータルで)下回らないようにするという「ビジネス感覚」はとても大事です。フリーランスは小さな経営者ですので、ビジネスを継続させるためはコストを意識せざるをえません。

一方で、ですよ?
レビュアーである私のもとには、そのクライアントが期待する品質を大きく下回る翻訳が流れ着いてくることがあります。1回2回ではなく、繰り返しです。具体的な改善点と対策を示してフィードバックを続けても変わらない場合は品質問題となり、翻訳ベンダーやフリーランスの翻訳者さんと話し合いの場を設けることがあります。

「そこまでできないな~というのが正直なところです」

翻訳ベンダーやフリーランス翻訳者と話をしていて、驚くべきコメントが飛び出すことがあります。

※以下のやり取りはイメージです。実際のやり取りの内容ではありません。


私:指示書で定めているとおり、支給されているツールチェックをかけてほしいんです。ツールチェックをかければ見つかるエラーが放置されています。

翻訳ベンダーA:いやー、そうですよね、わかります。ただうちとしても、その時間がとれないというか、コスト的には……難しいかなぁ、と。

(私:指示書でツールチェックすることになってるんだから、して?)


私:1つのセグメントで複数の100%マッチがヒットしたようですが、見たところ機械的に一番上の訳文を選んでいるようです。複数の100%マッチが出てきた場合は、場面にあったものを選んでください。

翻訳ベンダーB:あー、そうですよね。でも仮にも100%なので、これでもいいかなって思って。100%も支払い対象とは言え、減額されているのでしっかりチェックするのは現実的ではない気がします。

(私:いや、1つのセグメントに複数の100%マッチがヒットするところはだいたい鬼門ですよ?)


私:支給されているレイアウトを確認してください。このセグメントは見出しの下に表示されるし、このセグメントは表の中ですよ。

FL翻訳者A:あー、そこですよね。私も迷ったんですよね。何だろうなーって。でも、チェックの方が判断してくれるかなーって思って……。

(私:……新手の間違い探しゲーム?せめて一言、クエリで教えてほしい。)


クライアントは何に対して、どういう理由でお金を払っているのか

ビジネス感覚は大事です。ペイするように働くのは大事です。でもね?だからといって決められたプロセスをすっ飛ばしてよい理由にはならないでしょう?

たとえば、広告の画像で使う広告文なのにドキュメント風に訳されているとか、文字数制限があるのに完全にスルーとか。翻訳フェーズがこんな調子だと、レビューフェーズではほぼ訳し直しになります。つまるところ翻訳段階での翻訳が意味ナッシングなわけです。

翻訳者自身のコスト意識も大切ですが、クライアントのコストにも意識を向けてみましょう。レイアウトが支給されている、指示書に書いてある、ちょっと調べればわかる、という状況なのに「時間がないからざっくり訳しておきました」となると後工程ではどんなことが起こるでしょうか。ある程度までレビューをしたところで諦めがついて、残りの訳文はざっくり削除してゼロから訳し始めます。
ちなみに、クライアントはその「レビュー工程で全削除されることが運命づけられている訳文」にもお金を払っています。

一般に、翻訳ー>レビューというフェーズを踏むことで、質の高い翻訳が生まれるとされています。(私の場合はマーケティングを多く扱うのでマーケの例で書くと)その良い翻訳が顧客の心をつかみ、売り上げにつながり、クライアントの収益となり、それが巡り巡って翻訳者とレビュアーに対価として支払われているわけです。その広い世界まで視野に入れることが、ビジネス感覚だと思います。

だってしょうがないじゃない?に対する答え。

いやいやいやいやいや、単価が低いのにそこまでできないって?
いやいやいやいやいや、それはごもっともですよ。

じゃあ、その仕事を請けるのやめませんか?
じゃあ、別の翻訳会社の仕事に切り替えませんか?
じゃあ、がつんと単価交渉しませんか?
じゃあ、業務を効率化して時間を作りませんか?

私は海外の翻訳ベンダーにこんなたとえで伝えました。

あなたはお腹が空いてレストランに入りました。昼時ということもあり、店内はお客さんで混み合っていました。ピザを注文してしばらく待つと、ウェイターが慌ただしくピザを持ってきました。しかし料理を見て愕然!なんとピザは生のままで、焼かれた形跡すらありません。クレームを入れるとこんな返事が返ってきました。

Sorry, but we didn' have enough time to bake it.

A cost-conscious restaurant

待って。焼かれたピザを出して?

細かい味付けをはテーブルの上の調味料を使って私がするから、とにかく焼かれているピザを出してちょうだい!

悪いのは誰だ?->みんな

わかりますよ。フリーランス翻訳者だけを責めるべきではありません。
1)そもそも、安すぎる単価で仕事を取ってくる翻訳会社がいるならそこが問題です。
2)クライアントが安かろう悪かろうと知ってて発注するならそれも問題です(でも、翻訳会社は「できます!」って言うでしょ)。
3)そこらへんを踏まえて言いますが、ペイさせるために必須の作業工程をスキップする気の翻訳者や翻訳ベンダーがいるなら、そこも大きな問題です。

「やるつもりがあり、頑張ってるけど、現状ではできていない」なら改善の見込みがあります。でも「ツールチェック、レイアウトの確認、表記ルールの確認が必須と知りつつ、単価が低いから意図的にスキップしている」ならその翻訳者自身の問題です。受注をやめるか、交渉したり取引先を変えたりして単価を上げるか、効率化の工夫をして時短をするか、翻訳者の判断で何らかの対策を取る必要があります。

これは「プロ意識」みたいなふわっとした話ではなくて「お約束」の話だと思っています。はなから約束を守る気がない人は、そもそも契約(受注)すべきではないでしょう。

今日はこのへんで。アディオス!


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