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名作を現代につなげた、カズオイシグロ版「Living」(その1)〜黒澤明の「生きる」が蘇る

小林信彦の著書「黒澤明という時代」に、こんな一節がある。<九十歳の堀川弘通をお宅に見舞ったさいに、私はふと、こんな言葉を口にした「黒澤のベストは『生きる』(注:1952年)じゃないでしょうか」 堀川さんは、にっこりして、「そうですよ。あれがクロさんのベストです」と言った>。

さらに、<このベストという言い方には、「七人の侍」(注:1954年)とならんで・・・・という言葉が略されている>と書かれている。堀川弘通は両作で助監督を務めた方である。

両作が黒澤明の代表作という評価は、衆目の一致することだと思うが、私にとっては「生きる」より、「椿三十郎」「野良犬」「天国と地獄」などが上位であり、“いかにも“という感じの「生きる」は、あまり好きではなかった。

したがって、カズオイシグロ脚本でリメイクされた、「生きるーLiving」も気にはなっていたが、積極的に観に行こうとしなかった。

ハワイへの機内、機内放送映画の中に、「生きるーLiving」(以下、「Living」)があった。これも縁かと、視聴を開始した。クラシックなロゴのタイトル、そしてセント・ポール寺院、ピカデリー・サーカスに二階建てバス。もう、これでやられてしまった。

郊外から電車に乗り込み、ロンドンのウォータールー駅へ。時代は違うが、私が過ごしたロンドンである。蒸気機関車は電車になり、男性の頭に帽子は無くなったが、本質的には何も変わらないように見える。一気に引き込まれ、見始めた映画は、素晴らしかった。

帰国後、黒澤明の「生きる」を再度観て、リメイク版との違いを認識しつつ、「Living」がリメイクとしても優れた作品であることを確認。そして、オリジナルが名作であることが改めて分かった。

今度は、「Living」の方を、スクリーンでしっかり見たくなり、映画館へと行った。

「Living」はオリジナル版「生きる」を尊重しつつ、現代の観客に向けて調整している。そして、オリジナル版では明確ではなかった点を浮かび上がらせたように感じる。

「生きる」のプロットは、有名であるので、公式サイトにある範囲で紹介する。役所で真面目一筋で働く一人の初老の男、息子夫婦と共に暮らしている。ある日、彼は自分が癌であることを知り、残された人生で何をすべきかを考えることになる。

「生きる」の舞台は1950年代の日本、黒澤は公開当時の日本の状況をリアルタイムで観客にぶつけた。「Living」も同じ頃のイギリス・ロンドンにおけるドラマであるが、観客は過去の物語として映画を観ることになる。

この過去の出来事を、監督のオリヴァー・ハーマナス、脚本のカズオ・イシグロ、主演のビル・ナイを始めとする俳優陣らが、見事に現在の我々を結びつけたと思う。

それ故、「Living」は名作「生きる」へのオマージュを超えて、“今“に訴えかける作品になった。

もう少し、細かく語りたい。次回はネタバレ多数なのでご注意を


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