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[怪談]雨音が聞こえない

これはFさんが体験した話。
6月も終わりにさしかかる初夏のある日。
Fさんは雨の気配を感じて布団で目を覚ました。
今日は雨か・・・外出の予定があるのにイヤだな・・・なんて思いながら布団の中でスマホをいじる。

しかし雨の気配はするが雨音は聞こえてこない。
意外と小雨なのかも・・・
Fさんの家の窓はすりガラスなので窓を開けてみないと仔細までは把握できない。
時刻は朝の6時、初夏の朝六時と言えば晴れていれば朝日が窓越しに燦燦と差し込むものだが、この日は雨で雲が厚いのか外は薄暗い。

雨で気が重いな、今日はゼミの提出課題があって嫌なんてその日一日の予定を考えていると、窓の外からゴーっというような低い音。
いよいよ本降りか?窓の外をみやると激しい雨が降っているような気配、その証拠に窓には雨粒がびっしりついている。
嫌だな嫌だな・・・そう思いながらFさんは外の雨の様子を見るために窓を少し開けてみた。
外はバケツをひっくり返したような豪雨、・・・しかし音が聞こえない。
普通はザーッという激しい音や、ピチャリピチャリという雨どいから水が落ちる音がするものだが、一切の無音、音のしない雨。
変な雨もあるものだ、もしかすると昨日飲み過ぎたか?なんて自嘲してみるが、雨以外の音は確かに聞こえる。
遠くから聞こえる車の走行音、鳥の鳴き声、向かいの家はこんな雨なのに呑気に洗濯物を干したのか洗濯物はずぶ濡れだ。

変な雨もあるものだ。
寝ぼけた頭を起こそうとFさんはコーヒーを入れようと台所へ。
ヤカンがコーッという音とともに中でお湯が沸いていく音がする。

コーヒーをいれ居間へ戻ったFさん、
物珍しさからその音のしない雨でも眺めながらコーヒーを飲むか。
窓を開けてその縁に優雅に腰かけてみる。
コーヒーを飲みながら眺めるその景色は確かに雨の日のモノだ。
20年近く生きてきたが音のしない雨なんて初めての体験だ。
まさかこれは夢か、それともまだ寝ぼけているのかな?なんて思いながらコーヒーをのんでこの状況がちょっと面白くなってくる。

眺める雨の世界は実に雨の日の眺めというより他になく。
家々の屋根に打ち付けられた雨がそのしぶきで薄っすら白煙を上げ、
歩道を歩く人は傘をさし足早にあるく、小鳥も軒先で雨宿り。
空は相変わらずどんよりとした雨雲が多い薄暗い。

そんななかで一人だけ傘もささずにじっと立っている人がいるのを見つけた。
畑沿いの小道に立ち尽くし、じっとFさんの方を見ている。
うわっ変な人と目が合っちゃったと思うと、
向こうもこっちと目が合ったのが分かったのかニヤリと嫌な笑い方をしたように見えた。
・・・したように見えたというのは、その人物との距離がかなり離れていたためハッキリとその表情までは見えなかったからだ。
距離にして100mくらいはあるだだっ広い田舎の畑の真ん中。
そんなところで豪雨にもかかわらず傘もささずに立ち尽くす人物と目が合うなんて気味悪い。
男はニヤッと笑うとFさんに向かって


「傘、忘れちゃだめだよ」
と声をかけてきた。


どうして?という疑問と同時にFさんは布団で目を覚ます。
外からはザーッという雨が地面をたたく音が聞こえる。
時刻は朝の7時。
さっきのは夢?コーヒーはこぼれてない?
周囲を見回すもコーヒーを入れた様子もレースのカーテンを開けた気配もない。
妙にリアルな夢でも見たか?
まったく変な体験だ。

家を出る時間が迫っていたFさんはあわてて身支度をすませるとドタドタと玄関へ向かう。
玄関ドアを開けると外は相変わらずのバケツを返したような豪雨。
急がないと遅刻だ、傘を持って玄関から出て扉の鍵を閉め大学へ向かって歩き出す。

傘をさし道を歩きながらFさんは今朝の事を考えてみる。
音のしない雨、あの男はなんだったのか?
雨はかなりのものだ、地面からは雨しぶきが薄っすらと靄を作るような強い雨。
速攻には茶色い雨水が勢いよく流れている。

大学への通学路からはさっき男が立っていた畑を見渡せる場所があるのだが、もしあの男がまだあの場所にいてまた目が合ったら嫌だな。
そんなことを思いながら畑に差し掛かる。
良かった・・・畑は無人で人の姿はない。
そう安堵して歩き続けていると


「傘、忘れなかったね」


耳元でそう囁かれてFさんは全身に悪寒が走る。
バッと後ろを振り返っても周囲に人の気配はない。
怖くなったFさんはその場所から逃げ出すように全力疾走。
走るのに邪魔なので傘は丸め、ずぶ濡れになるのも構わずに走ってその場を離れた。

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