固定観念の現実逃避

最近、僕のまわりでおかしなことが起こるんだ。
たとえばぼくの持っているタンスの中の服が、ぜんぶ黒い服にみえるときがある。

レストランのメニューを選んでいると、突然メニューが全部カレーライスになっていたりすることがある。

銭湯にいったとき、風呂に入ってる人がみんなぼくの親父に見えたり。。

とにかく、おかしいんだ。「同じもの」に見えてしまう。眼科にいっても異常がないから
不安で。。最近は不眠傾向にある。。

だけど最近気づいた。
自己分析してみたんだ。
その結果・・・
これは目が悪いのでも、幻覚でもなく、
「固定観念への警告」なのだと分かったんだ。

ぼくは固定観念をたくさん持っている。
例えば母親に、早く結婚しなさいって言われた時、ぼくは「結婚すると好きなことができなくなる」って言う。
でもそれは、結婚したら自由が奪われるものだという固定観念を持っているからかもしれない。

あとぼくはいつも考え過ぎる傾向があるんだけど、周りの人から考え過ぎだよ、って言われるとカッとなる。そう言う奴はたいてい、考えなさすぎにより人生で失敗ばかりして学ばないんだ。お気楽な奴が多い。でも実はそんな奴が少し羨ましく思う自分もいて。
だってそういう奴って結構明るい奴が多いから。。
結局のところ、考えなさすぎが失敗を生み出すのだ、という固定観念から抜け出せないでいるんだ。
そもそも「失敗だ」って誰が決めるんだ?
他人が勝手に決めることでもないんだよな。

そんな訳でだ。
そういった自分の中にある数々の「固定観念」に気づかせるために、ぼくの周りであのような現象が起こったのだ。固定観念を持つことによって、見える世界が非常に「窮屈な世界」になり、それはこの先の人生に行き止まりを作ってしまう。
いつも同じような景色を見る羽目になるんだ、ということを警告するためにね。

もしかすると、この解釈は間違っているかもしれない。
けどこの現象のおかげで、ぼくは僕自身の中の「固定観念」の存在に気づくことができたのだから、ラッキーだよね。
(あ、ラッキーで思い出したけど、昔ラッキーポッキーとかいう、普通のポッキーよりも太めのポッキーみたいのあったなあ。。)

とにかく、これからもぼくは僕を縛る「固定観念」について考え続けるつもりだ。
ひょっとしたら、考えすぎだって言われるかもしれないけれどね。


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