見出し画像

魔法が解けた僕たちはどう生きるか

夢の世界
夢の世界と聞いてまず何を思い浮かべるだろうか
、ディズニーランド?確かにディズニーランドは現実で最も夢の世界に近い場所かもしれない。
しかし、それが作られた夢の世界だという事実に気付いてしまう時が来る。ディズニーランドでも魔法は使えないし、ミッキーの中身は人間だという圧倒的な現実があるからだ。
小学生低学年くらいまではその圧倒的な現実に気付かず楽しく過ごすことができる。
だが、小学生高学年くらいになるとこの世界の圧倒的な現実と向き合っていかなければならないのだ。夢の世界にあまりに深入りしすぎると、そこから抜け出すのが容易ではなくなる。例えば、余韻に浸る経験は誰しもしたことがあるだろう。とても良い映画を見終わった直後のような気持ちだ。
そのような気持ちをもっとも抱きやすくさせるのはアミューズメント施設や映像ではなく小説ではないかと私は考える。文章が最も人の心に影響を与えることができる手段で、より良質でより膨大な文章であればあるほどその人の人格すらも変え得る力を秘めているのではないだろうか。
人生を変えるほどの素晴らしい本とはいくつか出会ってきたが、小学生の時に出会ったこの1冊は僕を醒めたくない夢の世界へと誘い、圧倒的な現実と向き合わせてくれた小説だった。
発売当時小学5年生だった僕の心に計り知れないほどの影響を与え、多感な思春期をずっと寄り添ってくれた不朽の名作だ。

ハリーポッターと読書嫌いの小学生
ハリーポッターと初めて出会ったのは小学5年生の時だった。当時読書が嫌いだったにも関わらず、ハリーポッターと賢者の石の表紙に目を惹かれ、本屋で母親に頼んで買ってもらったことをよく覚えている。こんな分厚い本読めるのかと母に聞かれ、自信満々に読めると答えたが自分自身半信半疑だった。表紙から想像するワクワク感にこの本は答えてくれるのだろうかと。
しかし、ハリーポッターは僕の心配を第一章でいとも簡単に打ち砕き、アニメやテレビゲームを超えるほどのワクワクを与えてくれた。
その衝撃は凄まじいものだった。まさかアニメやテレビゲームを超えることができる本がこの世界にあるとは全く思ってなかったし、本に最初からそこまで期待していなかったからこその青天の霹靂だった。
何がそこまで小学生だった自分を惹きつけたのだろうか。シリーズ第1巻「ハリーポッターと賢者の石」のハリーの年齢は10歳から始まり11歳で終わる。当時の自分と同い年だったことが親近感を感じた理由なのは間違いない。作者であるJKローリングが11歳の心模様を卓越した文章力で表現し、魔法というファンタジー世界の中でも11歳が感じている悩みや喜びは現実と一緒だということでより親近感を抱かせてくれた。
更に、孤児で虐げられていた可哀想な少年が仲間と一緒に偉大な魔法使いになるべく成長し、親の敵討をするという鉄板のストーリーや小学生時代に誰もが夢見た心踊るような魔法や道具の数々は世界中の子供の心を鷲掴みにした。
それらの効果が合わさり読書嫌いの小学生を読書好きに変えてしまうほど、文章で僕を夢の世界に連れて行ってくれた。11歳の時にハリーポッターと賢者の石と出会い、同い年の登場人物と一緒に成長していくという最高の贅沢を味合わせてもらえた幸運に心から感謝したい。

初めての喪失
ハリーポッターに夢中になった僕はひたすらに活字を読み続けた。今まで本を読むことが苦行にしか思えなかった僕にとってこれほど早くページが進む経験は初めてだった。食事や睡眠を差し置いても読みたいと思えるほどのめり込んでしまった僕は、途中から読み終えてしまうことの恐怖すら感じるまでに至った。
故に、先は気になるが一文字一文字を存分に味わい熟読することで時間を伸ばしていった。
楽しければ楽しいほど時間が早く進むように感じるという経験を本で体験したのは初めてだった。あれほど分厚いと思っていた本をいとも簡単に読み終えてしまった僕は未曾有の喪失感、所謂ハリポタロスを味わうことになる。
鬱に近いくらいの喪失感を味わうことになり、何をしても楽しくない、なんてこの世界はつまらないんだと感じるようになった。ハリーポッターの世界はあんなにも魅力あふれる世界なのに、この世界は何でこんなにも退屈で残酷で汚らしいんだろうかと絶望したほどだ。
JKローリングが天才だと思うのはこの喪失感という心情をもハリーと同じように体験させるという仕組みを作品に取り入れたことだ。
魔法学校ホグワーツの生徒は夏休みになると例外なく実家に帰省する。全寮制の生徒にとって家族と長期休暇を満喫できる待望のイベントなのだが、両親のいないハリーにとっては魔法の存在しない世界の意地悪な従兄弟の家に帰らなければならず、退屈で寂しい夏休みを過ごすことになるのだ。魔法のない世界はこんなにも退屈なのかという気持ちをハリーと同じように読者にも味合わせてくれるのだ。
読者は夏休みのハリーが新学期を待ち望んでいるのと同じように、新刊が発売されるのを待ち遠しく思いながら現実世界を生きていくこととなった。

魔法が解けても人生は楽しい
ハリーポッターという魔法の世界から解き放たれ退屈な日々を過ごす小学生の僕は何の楽しみを見つけたらいいのかわからなかった。魔法を超えるような楽しみはこの世界にあるのだろうか。
その問いに関してもハリーポッターは応えてくれた。
小説の世界でハリーが13歳14歳と大人になってくると読者の僕も同じように大人になってきた。小説の世界でハリーも魔法の世界に慣れてきた。そんなハリーが夢中になるのはスポーツや女の子だったし、人間関係や試験勉強の退屈さにうんざりしていた。それは現実の中学生である自分と一緒だった。魔法の世界がないことに絶望していた小学生は中学生となり、スポーツや女の子に夢中になり、試験勉強や人間関係にうんざりしながら現実と向き合って大人になっていく。
ハリーポッターは多感な10代の心にどこまでも寄り添ってくれた。
ハリーが多くの同級生から無視されると心が痛み、ハリーが親友に励まされると心が温まり、ハリーが女の子に恋をすると心が揺れた。
そして何よりどんな逆境でも諦めずに立ち向かっていく姿勢に勇気づけられた。
ハリーポッターシリーズは僕の思春期のバイブルとなった。

物語が終わる時
ハリーポッターという名作を登場人物と同い年という最高のタイミングで読ませてもらった僕は、自分の子供にもその体験をさせてあげたいと思っている。自分の子供が小学生高学年〜中学生くらいになった時に「ハリーポッターと賢者の石」をプレゼントしたい。同じように夢中になり、ハリーポッターの話ができるなら幸せなことだし、夢中にならなかったとしても自分が夢中になった世界の話をし、子供が夢中になっている世界の話を聞きたいと思う。
そして一つ言えることがあるとするならば、この退屈な世界を面白くできるかどうかは自分次第だということだ。
楽しそうなことを探し行動し続けること。
楽しくないことも楽しもうと向き合うこと。
心の在り方で世界は変わるということを僕はハリーポッターから学んだ。

#人生を変えた一冊


この記事が参加している募集

読書感想文

人生を変えた一冊

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?