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『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』 | 好き(自分の実存)を仕事にする価値観の危うさ|きのう、なに読んだ?

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』 。
「疲れてスマホばかり見てしまうあなたへ」。
タイトルと帯文が「私に話しかけてますね…?」と思うほど刺さりまして、他の本を差し置いて読んでしまいました。

本書は明治時代から現代まで人々が「働く」と「読書」をどう捉えてきたか、変遷を分析したうえで現代の状況を捉え直しており、非常に面白かったです。読書論というより「働き方」論、社会論の趣です。

著者の三宅さんは、明治から時代ごとのベストセラーや人気映画・ドラマからその時代の「働き方観」を紐解いていきす。例えば70年代まで(『日本沈没』など)は自分の考えや働きが社会と接続していると働く人たちは感じていたのが、80年代からは「自分」に関心が向いていったと指摘しています(『ノルウェイの森』『サラダ記念日』など)。

その上で、1990年代後半以降:
●バブル崩壊後景気後退局面で自分のキャリアは自分で考える必要が出てきた
●同時に、好きなことを仕事にすることを称揚し、さらには仕事で自己実現するべきであるという考えが広がった。(『13歳のハローワーク』)逆に「仕事はそこそこ・あるいは割り切って、仕事以外で自己実現すれば良い」という生き方ははダサいという考えになる

この2つが組み合わさった結果、人々は仕事に自分の実存をかけることになりました。仕事が思い描いたように進むことが個人の実存にとってめちゃめちゃ重要になったのです。

すると、「仕事がうまくいかない」という認知を避けないと、自分の実存が危うくなってしまいます。

そうは言っても仕事ですから、うまくいかないことの方が多いわけですよね。そこで、自分を守る対処として「自分がコントロールできないことは切り離し、自分がコントロールできる行動に集中する」ことが是となっていきました。(2000年代のベストセラー『7つの習慣』。)

この姿勢とインターネットは、かなり相性が良いんですね。必要な情報だけを見せてくれる環境ですから。

自分でコントロールできる行動に注力する。そのための情報を得る。そうした「情報」以外はノイズ。自分がコントロールできない社会のノイズは、除去するのが正解。

こうした姿勢にどっぷり浸かると、ノイズのないインターネットは見ることができるが、本は自分の行動に必要な情報とは関係ないノイズが入ってくるから、読めなくなる…というわけです。

これは、上記のようなキャリア観の人は本が読めないが異なるキャリア観なら読める、という話では必ずしもありません。著者の三宅さんは文学が好きで専門の勉強もし、文芸評論家として活躍している。その三宅さんがこの数年会社勤めをしたら、本が読めなくなったと書いています。つまり、個人の仕事観の話ではなく、現代の労働環境にそうした価値観が浸透しているために、何気なく働いていると「情報」しか受け取れない思考に侵されてしまう、という話なんですよね。

しかもそれは、経営者が作り上げて働く人々に押し付けている環境というより、むしろ働く人々がそのように自分を縛っていて、職場でお互いに影響を与え合っているという環境なんです。

三宅さんは「本を読む」ことを、個人として文化的に生きる活動の一例としてとらえています。人によって、具体的な活動は読書以外にもさまざまあるでしょう。

一人ひとりが意識しないと、「仕事=自分の実存」となるように自分を仕向けて「全身全霊」で働く方向にいき、結果として「文化」が受け取れなくなってしまう。なぜなら実は「全身全霊」をかける方がシンプルで、自分が考えなくて良いという意味で楽な選択だから…。これが現代の「働く」を取り巻く構造なんじゃないの?という内容でした。

私自身、仕事が忙しくなったりストレスがかかる状況になると、本が読めず、その割にSNSをだらだら眺めて寝不足になり…という悪循環にすぐ陥ることを思いながら本書を読みました。スマホやSNSに要因を求めてきましたが、私が「働く」「仕事」に全身全霊になりすぎているからかも…という視点は、けっこう当たっているし、これまでもしかしたら無意識のうちに見ないようにしてきた自分の一面な気がします。

5年前にジョブレスしたとき、本を読み時々感想を書いて過ごしてましたが、楽しかったですね。

で、4年前に仕事を再開したのが、ちょうど下の子が中学生になったタイミングだったんです。正直、やっと子どものお世話業務から解放された!これで17年ぶりに、全身全霊仕事に集中できる!と喜んで仕事に邁進することに身を投じたわけです。

私自身が「本が読めなくなる」(つまり仕事に傾注しすぎ)ことへの危機感を、きっと半ば無意識のうちに持ちはじめていたのかな、と思います。そんなタイミングに、本書と出合えたのでした。

今日は、以上です。ごきげんよう。

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