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誰でもいいけど、誰でもいいわけじゃない。

てっきり、こっそり酒を出している店にでも行くのかと思っていたら、代々木公園だった。渋谷からそこそこ歩いたな、と思う。セブンで買ったカフェオレとサンドイッチを渡すと、お腹を空かせていたのか、彼女は話しながら食べた。話しながら食べる女の子は、食べるのがめっちゃ遅くなる。車だったら、後ろからクラクションを鳴らされているだろう。

二十代半ばの彼女は、転職したばかりで、まだ仕事を頑張って覚えている段階だと言う。なぜだろう、マッチして会う女の子には、転職したばかりの子も多い。けど、慣れない新しい環境に置かれたときに、別のどこかによりどころを探す気持ちはわからなくもない。

アプリを始めたのはもう何年も前だという。やめては、また始めて、またやめては、始めて。「だからけっこう長いですよ」と、あっけらかんと話す彼女に好感を持った。僕も正直に、聞かれたことを話した。

「細貝さんは、がつがつしてなさそうなところが、いいなと思いました」



夜の代々木公園は無法地帯で、数メートル置きに人のかたまりがある。みな酒を煽っている。見たところ大学生が多そうだった。かわいそうだよな、いちばん楽しい時期に、お店で飲めないなんて。自転車を押しながら、老いた警察官がそれぞれのかたまりに注意をして回るけれども、誰も話をまともに聞かない。

ラジカセでビートを流してヒップホップダンスを踊る若者たち。社交ダンスの練習する大人たちもいた。僕たちみたいに、今日初めて会ったみたいなふたりも、いた。みんな、場所を探していた。何年か前には当たり前にあったような場所を探して、みんな、ここにいた。

代々木公園の茂みの奥の暗いところでキスをした。カフェオレの味もサンドイッチの味もせず、純粋にキスの味がした。そういうのがいちばん興奮する。絡ませた舌を離すと、あとからびっくりしたように顔をそむけるのが可愛らしかった。このあともいっしょにいようよ。

薄い壁が気になるホテルの部屋で、彼女とした。し終わってから彼女は云った。誰でもいいわけじゃない、と。

「誰でもいいけど、誰でもいいわけじゃない」

僕に対するいいわけじゃなくて、自分に対するいいわけなんだと思った。そういうのもかわいいなと思う。けれども、彼女がほんとうに会いたいのは、少し前に自分をふった元彼なんじゃないかと思った。裸なのに恥ずかしくないのは、僕たちは見られる相手を間違っているからじゃないだろうか。

朝、キスだけした。

けれど、それは昨夜の代々木公園のキスほど良いものじゃなかった。

いつもありがとうございます。