この街を出て行くんだ。
「俺さ、卒業したら、この街を出て行くんだ」
いつもの放課後。いつもの暗くなった公園。
隣でブランコを漕ぐ優也が、前を見ながら言った。
「……何それ」
「何で?」とか「どうして?」ではなく、私の口から出てきた言葉はそれだった。
卒業したら、街を出て行く。
物語によくありがちな台詞に、現実味が湧かなかった。
「両親が、この街にいるのは危ないって。どんどん治安が悪くなってるから、最悪な事態が起きる前にって」
「何それ」
てっきり、夢とか何かがあって、それを叶える為に出て行くのかと思った。って言っても、ここ、都内だし。田舎じゃないし。夢を叶えるのに出て行く必要なんてないか。
「奈々子は? 卒業したら、どうすんの?」
やっと、優也がこちらを向いた。
微笑む時に下がる、彼の目尻が色っぽくて、割と好きだった。
「私? 私は……」
何も考えていなかった。普通に都内の大学に行って、普通にキャンパスライフを過ごして……。
そう、だから多分、
「残るよ、この街に」
「そっか」
優也は夜空を見上げた。
私もつられて、夜空を見上げる。
「じゃあ、卒業したら別々だな」
濃紺色に染まった空は、星は見えずとも、澄んでいて、とても綺麗だった。冷たい空気も、白い息も、全部、綺麗だった。
もうすぐやって来る、来年度。勉強をして、受験を頑張って、卒業したら、私達は別々の道を歩んで行く。
その頃には、この公園も桜が綺麗に咲いているだろう。
「何センチメンタルになってんのよ」
私が馬鹿にしたように言うと、彼は目尻を下げて、「はははっ」と微笑んだ。
高校を卒業して、4年が経った。
それなりに大学生活を楽しんで、それなりに就活を終わらせて、今は卒論をそれなりに頑張っている。
君と過ごした夜の公園。
暇な夜はこうやって、ブランコを漕いで、夜空を見上げている。
君の言った通り、街はどんどん悪化していったよ。
今だって、騒がしい暴動、建物を覆う炎と煙、疲れ果てた人々……。
この街は、終わりを迎えつつある。
この公園も、明日でなくなるんだって。
でもね、ここから見る夜空だけは、それだけは変わらないんだ。
変わらずに、ずっと、綺麗なままなんだ。
夜の街へ、作品のネタを集めに行く為の費用に出来ればと思います。