「あの人と関わるとろくなことがない。絶対やめたいた方がいい」

そんな噂を持つある女性と、仕事で関わったことがあった。

この人はとにかく揉める。

ことごとく揉める。

ものの見事に、関わった全員と揉めるのだ。

一言でいえばトラブルメーカー。

彼女と仕事をすることになった僕は、どこかで「自分なら何とかやれるだろう」と過信していた。

歪な自己愛を持つ者ほど、最初はとてつもなく魅力的に振る舞う。

これはナルシストの典型的な行動だ。

「こんなに素敵な人がいるんだ」「しかも自分をやたら持ち上げてくれる」

経験の浅かった僕は、完全に取り込まれた。

ほどなくして、彼女の邪悪な部分を目にし「もう一緒にやってられない」となって関係を断ち切ることに。

すると彼女は烈火のごとく怒り「こんなに人を罵倒できるのか！？」と思うほど、僕を罵った。

あとで知ったのだが、これは彼女が繰り返している人との関わり方だった。

ある種の人間のコミュニケーションパターンは、まるで形状記憶の衣服のように毎回同じ形式になる。

人を魅了して懐柔したあと、自分の駒のように相手を扱う。雑に扱われた相手は嫌気がさして離れる。彼女は寂しさのあまり去り際に相手へ罵詈雑言を浴びせる。

彼女はこれは繰り返していた。

ナルシストは自分に自信がないため、他者からの批判に弱い。

自分から人が離れていくと、プライドに大きな傷が刻まれる。

相手が許せないので他責、他罰に走る。悪循環だ。

離れようとする相手をフーバリングと呼ばれる取り込み方法で、再び自分の支配下に置こうとする。

ここでは再び愛想が良い、異常なまでに魅力的な人間を演じるケースも多い。悪いと思っていないのに、心から謝罪するというポーズをとることも…。

鈍感だった僕も、さすがに「取り込んでから、また人を雑に扱う気だな」と気づいた。

彼女が表面的に謝罪したときも心を許すことなく、冷静な対応をとった。

そしてまた罵詈雑言の嵐。

散々罵られ、ようやく離れることができた。

このとき周囲からは「かなり攻撃されてたみたいだけど、大丈夫？」と心配された。

それに対し「ストレスへの対処法がわかってるから、問題ないですよ」と僕は返した。

実際にそこまで辛さを感じていなかったし、むしろいつもよりもテンションが高く調子が良いとさえ感じていた。

しかし数日後、精神への深いダメージがあったことを、否が応でも知ることになる。

立て続けに、悪夢を見るようになったのだ。

生まれて初めて、睡眠中叫びながら飛び起きたことも…。

このときの悪夢は今でも脳裏に焼きついている。くだんの彼女に、僕はブスリと刃物で後ろから刺されたのだ。

目覚めると寝汗びっしょり。

絶叫しながら目覚めてようやく理解した。自覚していなかったものの、彼女から受けたストレスは相当のものだったのだ。

今なら甚大なダメージも含めて受容できていたかもしれない。当時の僕は弱さを認めるのが下手で、頑強な自分を演出していた。格好をつけて強がっていたのだ。

これは無意識の心理作用で、躁的防衛と呼ばれるものだ。

宮台さんが暴漢に襲われたあと、あまりに平然としておりテンション高く話す様を見て、宮台さんと関係のある精神科医は「躁的防衛ではないだろうか？」と疑ったという話がある。

躁的防衛状態になり、本当は傷ついているのに無理やり明るく振る舞うと、あとで大きなダメージが出るらしい。

悪夢を見ること自体、心のストレス対応で、ネガティブな感情が夢の中で表出されること自体は悪くない。

就寝時間は顕在意識が緩むので、潜在意識が顔を覗かせやすい。

つまり寝ている間はストッパーが外れるので、押さえているものが夢となって現れる。

心の痛みを無視し続けて、目視できなくなるまで奥へ奥へと追いやろうとする行為は極めて危険だ。

しばらく躁的防衛を続けていた当時の僕は、悪夢で絶叫しながら起きることで、ようやく自分のダメージに気づけたのだ。

さすがにそのあとは強がることをやめて静養し、心理的ダメージの回復に努めた。

あのまま傷を無視し続けていたら、さらに心が壊れていたかもしれない。

不思議なことに人は自分に対して、無意識に噓をついてしまう生き物である。