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映画が教えてくれる、幾つかのこと

はじめに、ネタバレがあります。

2022.3.20 ようやく映画『ドライブ・マイ・カー』を観ることができた。地元で初めてかかった時は、これまで自分がしてきたように「商業作、評判作は観ない」とスルーしてしまっていたのだと思う。しかしすごい凡ミスだった、早く観れば良かった。

そもそもこの作品が3時間もある大作だなんて知らずに席に座った。それなのにまるで作中にもあるように、寡黙な運転手みさきの上手い運転に身を任せるよう長編を眺めることができた。
多言語演劇というものがあることも今回初めて知った。初回の本読みのシーンで「外国語のセリフだと何を言ってるのかわからない、眠くなっちった」と俳優に語らせている。その「わからない」という切り口から話が進むに連れて徐々に俳優たちに変化が表れていくのも興味が持てた。

私の映画の見方の一つに女優さんのたたずまいを楽しむというのがある。謎を残して亡くなる音さん役の霧島れいかさん。先ほど語った運転手・みさきさん役の三浦透子さん。そして韓国手話で演技するユナさん役のパク・ユリムさん。それぞれの演技が心に残った。

何よりもパク・ユリムさんの演技、たたずまいが特に良かった。彼女が演ずる役はとても難しかっただろう。手話という言語が健聴者にあれほどの感銘を与えられることを実証したことは、彼女の演技力と言っても過言ではないと思う。
話の中盤、自宅に招いて食事を振る舞うシーンで語られる、障害があることから生じる疎外感、話し言葉よりも他の感覚を研ぎ澄ませて周囲に合わせていることなど聾唖障害者の心情をとてもよく表現してくれていて涙しました。劇中劇の締めくくり、ワーニャの肩ごしに手話で慰めを伝えるソーニャの演技が、観客の心、そして私の心を捉えて離しませんでした。

映画自体は何層にも重なるストーリーを織りなして進んでいきます。その中でチェーホフの戯曲のテキストがそれぞれの人物の心情とリンクして語られていくので、とても理解しやすかった。

戯曲『ワーニャおじさん』のセリフを引用しましょう。

『仕方ないわ。生きていかなくちゃ…。長い長い昼と夜をどこまでも生きていきましょう。そしていつかその時が来たら、おとなしく死んでいきましょう。あちらの世界に行ったら、苦しかったこと、泣いたこと、つらかったことを神様に申し上げましょう。そうしたから神様はわたしたちを憐れんで下さって、その時こそ明るく、美しい暮らしができるんだわ。そしてわたしたち、ほっと一息つけるのよ。わたし、信じてるの。おじさん、泣いてるのね。でももう少しよ。わたしたち一息つけるんだわ……』

日常を生きることは辛い。それはどんな人にもある。時には自分を偽って、表向きの顔だけで相手と対面していることもある。そしてその辛さを感じない振りをしている。
わだかまりをもっている主人公・家福さんがたくさんの人と交流することで少しずつ自分に向き合っていくストーリー。「仕方ないわ。生きていかなくちゃ」・・・何とも切ない現実なのですが、それでも生きていくんだという勇気を与えられます。

大事な愛する人を亡くした体験のある人、心の中にわだかまりを抱えていつも不安な中にいる人にとって刺さる映画だと思います。


ここからは私事。
正直、中途難聴者となってからというもの人と会話をすることがおっくうでならない。それは私自身の側にも、難聴をわかってくれているだろう相手の側にも変な気づかいがあると(勝手に)思っているからである。
普段の会話というものは、相手に伝わる伝わらないを関係なく、流されることを前提に言いたいことを言い合うものだと思う。でも、聞きづらい耳をもっている身としては、大事なことを聞き逃してはいけないと普段から集中していないといけない。聞けない。それは私だけなのかも知れないけれど。
だから普段から話の渦から離れることにしていたり、始めから聞こえていない振りをしていることが日常的にも多くある。当然、仕事をしている時は違うけど。

この映画をみて、やっぱり「自分に素直になる」ということの難しさに向き合わされた。そう、わかってるんです。
人と対話することでお互いを認め合い、ほんとうの自分に向き合うことができる可能性がある。でも、そこには壁があるんです。怖いんです。
だから『ドライブ・マイ・カー』のような素晴らしい傑作に出会って、心が動かされて、こんな文章を書こうという気持ちになれたんだと思います。
人の話を聴くこと、自分の声を聴くこと。『対話』、『物語、ナラティブ』にはこうした不思議な力が宿っているんだなと改めて感じました。

#ドライブ・マイ・カー #ネタバレ #多言語 #手話 #伝える #映画感想文  

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