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自分史に見る自分・企業理念│【11か月ぶりの「進撃のWEEK」挑戦 Day1】

新たな世界初アイディアで11か月ぶりの挑戦!

初めて「進撃のWEEK」に挑戦したのは今から約11か月前。
当時は、立ち上げたコミュニティをオンラインを活用して全国・世界展開をすることを掲げて参戦。
しかし、学びを深める中で現実を知り、自身の計画や市場調査の甘さを知る—――――。
そこで、一度構築したものをぶち壊し、昨年の進撃のWEEK終了後、主催してくださっている戸村光さんとの面談で新たなアイディアを構築させて頂いた。それは音楽界に教育革命を起こす世界初のアイディア!
そのアイディアを引っ提げ、11か月振りに自己対峙・成長の1週間に挑戦!
この11か月の自身の成長にも注目していきたい!

自分・企業理念設計

そんな挑戦のDAY1は「自分理念・企業理念設計」。
”選ばれる企業・人物”になるには、「理念の構築」が最重要。
理念がないということは、ハンドルのないバスに乗っているのと同じ。
まずはハンドルをつけよう!!
2万人が同じアイディアを思いつき、2000人が同じプレゼンをし、200人が実際に行動を起こし、20人がメディア等に取り上げられ、勝ち残るのは1名――――。
市場から選ばれる存在になるには「理念」を明確化すること。

わたしの自分・企業理念

今回のワークでたどりついた自分理念は「音楽で世界中を笑顔に」。
企業理念は「みんな”輪”になり”音”楽を」。
では、どのようにこの理念にたどり着いたのか?
ワークスタートです!

自分史に見る価値観・行動習慣


理念設計に欠かせないのが、自分史の振り返り。
そこで心を動かされ、自分の価値観・行動形成に影響を与えている出来事を振り返ることで、理念設計のヒントを得る。

ピアノ演奏の楽しさを知った5歳

それは師匠の教室の門をたたいた5歳にさかのぼる。
おもちゃ箱をひっくり返したようなレッスンにくぎ付けになり、自分の気持ちが指先一つで音に変換されるピアノの面白さの虜になった。
すっかりピアノの虜になったゆりか少女はとにかくたくさんの時間ピアノを弾いた。するとぐんぐん上達していく。弾けなかったところが弾けるようになって、指がどんどん早く回るようになる。その爽快感、達成感にもまた虜になる。
そして迎えた初めての発表会。練習の成果を出し切り満足の演奏。
たくさんの拍手に、ステージで演奏することの楽しさを知った。
終演後に「あなた上手ね、たくさん練習したんでしょ」と声をかけてくださったお客様。この経験が私にピアニストという職業への憧れを強めた。

師匠の生き方に憧れた10歳

そのままピアノが大好きで毎日たくさん弾き、練習時間が長い分、テキストも進んだ。でも、もともと才能はなく、器用ではない私は決して天才少女でもなく、技術は並み、もしくはそれ以下だった。
でも、努力の才能と練習の才能、ピアノが好きな才能には恵まれた。
将来の夢を考えたときに浮かんだのは「ピアノの先生」。
それは小学五年生、10歳の頃だった。
どんな大人になりたいか?と考えたときに思い浮かんだ人物は二人。
一人は母親。もう一人はピアノ教室の師匠だった。
師匠のように子育てをしながら自身の教室を持ち、おしゃれな服に身を包み、好きなことを仕事にする女性に憧れた。

ピアノに命を救われた17歳

友人付き合い、部活動、学業と両立させながらずっとピアノと向き合い続けた日々。すべてが順調だと思っていた。
そこで大きな転機が訪れる。それは、高校時代のいじめ経験。
ある日、無視され嘲笑され仲間外れにされ、自分の存在価値が分からなくなった。ストレスが原因とされる高熱で学校を休み、解熱して登校しようと自転車のペダルに足をかけるも、その足が動かない。
それから数日、学校に行けなくなった。その引きこもり生活を支えたのは最大の特技であるピアノだった。
習い始めた5歳から憧れていた「幻想即興曲」を練習し、1日中練習していると3日で弾けるようになった。そんな私を見て母は、
「あなたには目標に向かって努力して乗り越える力があるね」といった。
それで自身の自己肯定は保持され、視野が世界が広がった。
自分にはこんな強みがある。この強みをわかってくれるコミュニティに行けばいいんだ。
それまで居たコミュニティでの居心地が悪くなるのが人生の終わりのように感じていたが、それはとても小さな世界。世界はもっと広い!私の良さをわかってくれる居心地の良い世界がきっとある!
そう思えると、自然と翌日から登校できた。4日ぶりの登校だった。
そして生涯の友となる新たな友人関係を築くことができた。
生きていることさえつらくなったのに、ピアノに命を救われたのだ。
そこで実感したのは、趣味・特技は味方になり、一生の宝になるということ。
そして、これを多くの方に伝えることがわたしの使命・天命だと感じた。

起業を決意した20歳

そんな意思を胸に音楽大学を受験、見事志望校に合格し入学。
喜びも束の間、待っていたのは絶望だった。
同級生には、幼少期の有名コンクールで名だたるタイトルを獲得していたスターばかり。練習室から聞こえる演奏技術のレベルの高さを目の当たりにし、自身は音大生の中では底辺レベルだと知る。
そんな衝撃の入学式の翌日からは、朝7時半の開門と同時に練習室を予約。
閉門の9時半までひたすら練習に打ち込んだ。
友人にも恵まれ、共に切磋琢磨し合い、目標も見つけられた。
初めての実技試験では、ピアノ実技が他のどの教科よりも点数が低かった私だが、徐々に練習の成果が見られ、「優」をつけていただけるまでになった。そんな大学3年の頃、周囲の友人が就職活動を始めた。
そこでもう一度自分の夢を考えたときに、やりたいことが多すぎた。
ピアノ指導、音楽療法、演奏活動…そして将来は母親になりたかった。
ライフステージの変化によりキャリアを奪われることに強い恐怖も感じた。
そこで決意した。「就活はしない!起業する!」。
友人たちがリクルートスーツを着て面接を受ける中、名刺を作成し多くの本を読み、様々な異業種交流会に参加し、アルバイトにも精を出し、起業準備を進めた。

音楽は万国共通言語と感じた21歳

音楽療法士の資格を取得するために様々な施設へ実習・見学に行った。
そこで感じたのは、音楽はノンバーバル(非言語)コミュニケーションであるということ。言語を失った方が音楽だとコミュニケーションを図れる。
起業準備のために人脈を広げていく中で、グローバルな繋がりも生まれた。決して英語が堪能ではない私だが、音楽でコミュニケーションを図ることができる。性別も年齢も国籍も垣根を越えてつながることができるのが音楽である、ということを改めて実感した。
そこで生まれた未来の企業理念が、「みんな”輪”になり”音”楽を」―――。
そこで屋号も「音楽教室わおん」に決まった。

1年で50名の満席教室になった23歳

卒業時は学長賞を受賞し、音楽大学を卒業。同時に開業届を提出し、「音楽教室わおん」の歴史が始まった。
最初は、学生時代から指導させていただいていた4名の生徒様と一件の外部講師依頼。初月の売り上げは17,000円だった。
とにかく真摯に向き合った。毎回のレッスンは、大好きな人とデートをするような気持ちで、一言一句に意識を向けた。そうした思いを保護者様方も受け取ってくださり、1年で生徒数50名、外部講師先5件の満席教室となった。
売り上げも初月の20倍を超えるようになり、それはここから10年持続することとなる。

同窓会で音楽教育の現実を知った25歳

山あり谷あり、悩みもありながらもとにかく仕事が生きがいで楽しかった。
そんな中、25歳で中学のどうそうかいに出席。どんな仕事をしているか、という雑談の中で、多く聴こえた声が、
「わたし、昔結構弾けたのに今全然弾けないの」
「もう全然弾いてないんだよね!一人暮らしの部屋にピアノないし」
「そもそも私楽譜読めないんだよね!」
かつて、わたしのように、いやわたしよりももっと上手に合唱コンクールや学芸会等でピアノを弾いていた友人からの言葉だった。
そこで、幼少期に習っていても、どんなに高い技術を習得していても一生モノの趣味特技になっていないという現実を知る。
それでは、私が自身の経験談から教室の生徒たちに伝え続けている「趣味特技は味方になる」が達成されない。だって、味方は一生の味方でなければならない。それなのに「もう弾けない」のでは意味がない。
つまり、応用ができていないのだ。どんなに弾けていても、与えられた曲しか弾けないのでは、趣味にならない。
弾きたい曲の楽譜をパッと見て弾けたり、耳で聴いて伴奏をつけて弾く。
この力がなくては、味方になるほどの趣味にはならないだろう。
では、応用がきかない理由はなんだろう?
それは、音楽の原理原則である「音楽理論(知識)」を多くの人が習っていないからだ。そこで講師仲間の声を聞くと、音楽理論は難しいもの、大学受験まで不要なもの、と考えている指導者が多いことが判明。
そこで伝え方さえ工夫すれば、5歳にでも音楽理論は教えられる!と考え、まるで絵本の世界に入り込んだように音楽理論を習得する「5歳に伝わる音楽理論・ゆりかオリジナルメソッド®」を開発した。

出産し、働き方に疑問を抱いた29歳

独自メソッドのセミナー活動も増え、結婚後も特にライフスタイルが変わることもなく、順風満帆だった教室運営。
子宝にも恵まれ、女児を出産。妊娠中、体調が安定しない中でも実家の母がいたから仕事との両立ができ、産後の回復も早かったため、すぐに復帰ができ、産休期間は最小限で済んだ。
そこでわが子を抱きながら思った。
「今の働き方じゃ、将来この子にこれをしてあげられない」―――――。
幼少期、母親にあこがれを抱いた理由、それは「いてほしいときにいてくれる母親」だったから。そうなりたいと思った、はずなのに、今のままではそれが叶わない。
それでも伝え続けたいことは音楽の持つ力、趣味特技が持つ力。
これをより多くの方に伝えたい想いと、働き方を変えていきたい想いが同時に強まった。そこで出た答えは一つ。
「独自メソッドで仕組みを構築して、ビジネスオーナーになろう!」

ビジネスオーナーを目指し奔走中32歳

そこでまず思い浮かんだのが、出産後に弊社のサービスの一つとして立ち上げたママコミュニティのオンラインによる全国展開。
しかし、市場調査の甘さ(競合の多さやマネタイズの弱さ)、仕組みの弱さを知り、非現実的だと思い知った31歳。まさに前回の進撃のWEEK。
そこで、これまでの自身の歩みを振り返り、多角的に市場調査を重ねる中で、前例のないサービスにたどり着いた。
それが、音楽理論を学べる動画学習アプリの開発だ。
独自メソッドによる音楽教育の新常識は好評を得ていて、実績もある。
メソッド受講生は、私が伝えたい、「一生モノの趣味特技を習得する」ことが叶っている。
そのメソッドをアプリというツールを通じることで世に広く伝えることができ、それは国境をも超える。
かつての私のように生きる意味を見失っている方に趣味という希望の光を差し、音楽療法の現場で目の当たりにしたハンディキャップを持つ方の抱える課題を解決し、発展途上国にも趣味を届けることができる、と確信した。

独自メソッドを指導中の三星

5つのキーワードで目的・方向性を把握

自分史を振り返り、自身の価値観や行動習慣等が明確になったあとは、5つのキーワードをピックアップし、体験と紐づけることで目的や方向性を把握し、理念設計を詳細化していく。

①「未来」までサポートする音楽教室

「幼少期に習っていた」で終わっては意味がない。
せっかく習得した音楽を一生モノの趣味・特技にするためには、関わり始めたその日から、「未来」を見据えた教育が必要であると実感。
自身がピアノに心を救われた経験から、趣味特技を味方につける必要性を訴えているが、人生において味方が必要な場面は生涯かけて起こりうる。
そう考えると、今だけを見つめた教育では意味がないのだ。

②音楽教育の新常識で教育「改善」

では、未来まで見つめた教育はどのように実践していくのか?
その一つに「音楽教育開始と同時に音楽理論を学ぶ」という新常識を提案したい。一生モノにならないということは応用が利いていないということ。
その理由の一つに、原理原則(=ルール)を学んでいないことがあげられる。ルールを知らなければ、その場しのぎになるのだ。
ゲームでも、ルールを熟知したものが戦略を熟考し、勝つことができる。
音楽も全く同じ。楽譜の読み方も、表現力も、すべてルールを知っていてこそ、応用ができ、一生モノになる。
しかし、その肝心なルールは難しいものとされ、英才教育にしか取り入れられていないのが現状。そこで、5歳にも伝わる音楽理論メソッドの提唱で、音楽教育の改善を図るべきと考える。

③「仕組み」作りでバランスよい生活

自身の出産・育児経験から、働き方を見直した。
自分が休むと収入はストップする、つまり収入を得るには時間が搾取される働き方から、自身が動かなくても収入が発生する「仕組み」の構築が必要であると実感し、アプリ開発に行きついた。
また、プライベートと仕事の両立に悩む方は、育児中のママに多い。アプリリリースをきっかけに全国で認定講師の養成も強化し、ママが働きやすい仕組みを作っていきたい。それは、指導者でもユーザーでも、どんな方でも音楽に慣れ親しむことにもつながっていく。

④立場や国境を越えて「和」を作ろう

このようなツールがあれば、全国・そして世界に発信することができる。
音楽はノンバーバルコミュニケーション。国内外問わず、情報格差を最小限にし、音楽という媒体を通じて「和」となるきっかけをつくるツールにしていきたい。

⑤人類の生きる「希望」に
では、最終的に目指すところは何か?
それは、多くの人類が趣味・特技を通じて生きる「希望」を持つこと。
人生の質(QRL)を向上させることに微力ながら貢献できる自社、そして個人でありたい。

「音楽で世界中を笑顔に」

教育というのは、その場だけでなく、相手の人生を長期的に見据えて未来のための準備をしていくことである。しかし、現状で音楽教育においてはどうだろう?現在しか見ていない教育が広がっている。一生モノの趣味特技を手に入れて味方につけるには、音楽教育の改善が必要である。
その思いを広く提唱すべく、弊社では独自のメソッドを仕組化し、顧客も従業員も音楽に触れやすい環境づくりに努める。性別も国境も超えて音楽で和を作り、人類が生きる希望を持つサポートができる人間でありたい。

そんな私の自分理念は、「音楽で世界中を笑顔に」。


ここまでお読みいただきありがとうございました。
明日DAY2は、ビジネスモデル構築設計。どんな答えが生まれるのか、お楽しみに!

【三星裕里香】
合同会社OFFICE Waon輪音CEO。

Instagram    https://www.instagram.com/hug2hoppe/


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