疎外の〈逆流〉を疎外する社会 -- イギリスのグライムミュージックを聞いて

 社会における「疎外」は、社会に逆流する。しかし逆流の仕方は、よりスマートに、より非力に、より従属的に変化し、ついには逆流そのものが疎外されるようにまで飼いならされてしまう。



「ファシズム」という〈逆流〉

 疎外は常に社会に逆流しているが、近代における最大の事例は、ドイツとイタリアにおける全体主義であろう。ドラッカーは、ファシズムを「疎外された民衆の絶望」と分析している。ドイツやイタリアの労働者たちは、資本主義体制の下で、プロレタリアートとして搾取されていた。しかし、ソビエトにおける社会主義の失敗も見ていた。あらゆる希望から疎外された人々は、すべての既存秩序を否定する運動として、ファシズムへとなだれ込んでいった。このような疎外の現象形態は、荒々しく暴力的で、反逆的である。

ファシズム全体主義は、ヨーロッパの精神的、社会的秩序の崩壊によって生まれた。この秩序の崩壊にとどめを刺したのが、ブルジョア資本主義を葬り新しい秩序をもたらすはずだったマルクス社会主義に対する信条の崩壊だった。

ピーター・F・ドラッカー『経済人の終わり』第2章より引用

したがって、大衆がファシズム全体主義に傾倒するのは、その矛盾と不可能にもかかわらずではない。まさにその矛盾と不可能のゆえである。なぜならば、戻るべき過去への道は洪水で閉ざされ、前方には超えるすべのない絶望の壁が立ち塞がっているとき、そこから脱しうる方法は魔術と奇跡だけだからである。

同, 第1章より引用

「われわれは、パンの値下げも、値上げも、固定化も要求していない。われわれは、ナチズムによるパンの価格を要求する」

ナチ党の演説の典型。そこに理性はなく、あるのは〈否定〉のみである。


「公明党」という〈逆流〉

 ファシズムよりもはるかにスマートな形態としては、日本における「公明党」が挙げられるだろう。第二次世界大戦後の日本は、奇跡的とも呼ばれる復興と経済成長を実現した。しかし、これは「日本」の経済成長ではなかったのである。実際的には、「大都市・工業地帯と地方農村の分業」であり、地方農村が安い労働力を大量に供給することによって実現した、帝国的な経済成長であった。

 地元を離れた若者たちは、経済的にも社会的にも疎外され、「創価学会」という宗教団体へと救いを求めた。1950年代末から60年代にかけて会員数は急激に膨れ上がり、東京オリンピックの開催された1964年には、創価学会を母体とした「公明党」が成立した。すなわち、選挙と政党政治という形式で、疎外された若者たちが声をあげていったのである。

蒲島郁夫・境家史郎『政治参加論』より引用
産経新聞より引用
日本共産党の拡大過程も、公明党とほぼ同型であった。


「グライムミュージック」という〈逆流〉

 公明党は、社会を変えるために組織された政党であり、まず何よりもリアルのコミュニティであった。しかし現在においては、政党でもなければリアルでもない想像上のコミュニティにおいて、疎外が現象している。それこそが、イギリスにおけるグライムミュージックである( "Grime" を直訳すれば、「よごれ」や「けがれ」となる)。

 疎外された若者たち(その多くは黒人である)は、インターネット空間でグライムを聞き、「仲間」がいることを知る。その仲間は、少なくとも政治的な仲間ではないし、顔を見たこともないけれども、同じような境遇を生きる人びとである。グライムは、疎外された若者たちの絶望を、インターネット空間へと流し込むことによって、現実空間が変化するのを防いでいる。こうして、疎外の逆流すらも疎外してしまう、巧妙で頑強な社会が誕生するのである。

 情報によって需要を生み出しつづける大衆消費社会は、インターネットの発達によってさらなる膨張を遂げ、高度情報化社会として結実した。そこには、あらゆる疎外感を埋めてくれるコンテンツが用意されている。人々は、社会そのものを変えることなく、コンテンツを消費することで実存を回復する。すべてを〈消費〉によって解決してしまう資本制社会の完成を、ここから垣間見ることができるのだ。

 ところで、グライムミュージックの素材に、日本のサブカルチャーが使われることがある。そのときには、サブカルのなかでも冷たさや恐ろしさを感じさせる部分を取り込んでいる。恐怖をあおるようなゲームミュージック、悲しくつらい背景を持つキャラクター、ディストピア的な世界観。彼らは、日本のサブカルチャーに何を見たのだろうか。


■ 参考文献

ウォレン・スタニスロース, 2022. 「クールジャパンからコールドジャパンへ -- 英国の黒きグライムサイボーグ」 ( 佐久間秀平、栗林邦子、ウォレン・スタニスロース [訳] )

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