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保険屋が家に来る←超ストレス

父の意向で…

今日は保険屋の担当が家に来た。契約者は私だが、元々は父が私にかけてくれていたものだ。生前贈与というらしい。生命保険を活用した、親が子に遺産を残す方法の一つらしいが、詳しくは私もよく分かっていない。

今回は終身保険を払込保険に変更する手続きをした。これも私の意思ではなく父の意思によるものだ。よく分からないがやっておかなければまずいらしく、先月くらいから「手続きよろしく」と父から再三LINEで言われ、重い腰を上げて担当者に電話して訪問日を決めたという流れだ。

「手続きは対面で^^」

いづれ手続きが必要になることは知っていたが、私は、こういうご時世だし書面で可能だと思っていた。今年の二月頃だっただろうか。担当者に口頭でそう聞いたはずだった。しかし聞き間違えをしたのか記憶違いだったのか、確認してみると「書面は無理ですね、対面ですね^^」と言うではないか。

私の心はマリアナ海溝を突き抜けそうな勢いで深く深く、沈んだ。なぜなら私は半引きこもりで、コミュ障で、家に人を招いたことが(親族を除いて)ほとんどないからだ。コロナが流行り出す前に一度、担当者が来て保険の見直しについて提案してくれたことはあったが、結局特に検討せずなあなあにしてしまった。

保険屋に会いたくなかった理由

「バカ」と思われるんじゃないかという怯え

私はこういった手続きが苦手で、今でこそ自分でやってはいるが長らく父に任せっきりだった。というか、今住んでいるアパートの契約や家賃等の払い込みの手続きだって、夫が担ってくれている。やってくれる存在がいるとつい頼ってしまうので知識がついてこない。だから、「こんなことも知らないのか。バカだな」と思われるんじゃないかと、あらゆる場面で私は怯えてしまう。

「だったら学んでいけばいいじゃないか」と思うし、「バカだと思われて何がいけない?」「私は客で、向こうは仕事をしているだけだ」とも思うが、私には、そう思えないことのほうが圧倒的に多い。

「宇宙から見たら人間の悩みなんてちっぽけ」とはよく言うが、同意できる日とできない日があるのと同じだ。メンタルが安定している元気な人は毎日思えるんだろうか。私には知る由もない。

「うまく話せるだろうか」という怯え

これもかなり大きい理由だった。必要手続きとともに、前回なあなあにしてしまった保険の見直しについて、また話すことになるのではないかと戦々恐々としていた。
夫が仕事で不在だったので、どちらにせよ私だけで何かを決めるつもりはなかったが、うまく話せるか、対応できるかという懸念はずっと頭の隅にあった。雑談もあまり得意ではないので、プライベートなことを尋ねられたら何と答えれば…とも悩んでいた。

実際に対面した結果

結果として、恐れていたようなことは何も起こらなかった。以前は二人で訪問してきたが、今回は一人だけだったというのもありがたかった。
人並み…ではないかもしれないが、多少の雑談をふまえて必要手続きと契約内容の確認を終えた。保険の見直しやプライベートについて深く話を振られることもなかった。

母が昔から保険で世話になっており、地元から遠い私の住む町まで来てくれるということもあり、どれだけ嫌でもあまり邪険にはできないなと思っていたので本当に安心した。できることならもう来ないでほしいが、また年に一度は顔を見ることになるのだろう。

余談(日記)

そういったこともあって、「保険屋が家に来る」というのは私にとって非常に大きなストレスだった。

前日寝たのは午前四時過ぎ。担当が来るのは正午なので、六時間は寝ようと思って十時半に目覚ましをかけていたが、八時に目が覚めてしまった。当然まったく寝た気がせず、なんとか二度寝をしても九時。

仕方ないので起きた。いつものようにカーテンを開けて部屋の換気をする。外はいい天気だ。青々とした空が広がっていて散歩日和だったが、朝から外に出る心の余裕なんて一切なかったので諦めた。
寝不足で緊張している状態だった。私は心も体も弱い。自覚があるのだ。こういうときに無理をしてはいけない。

手続きを済ませたのちに昼食をとり、買い出しに出た。朝散歩はできなかったが、陽を浴びながらスーパーまで歩いたし、まあいいだろう。
帰宅後、いくつかの家事を後回しにして昼寝をした。起床後、気分はすっきりしていたが胸の辺りがズキズキと痛む。不安になる痛みだった。そういえば昨夜から痛かった気もする。なんか息も苦しくなってきた…ほれ見たことか。やっぱり私は体が弱い。

と、思うままに書き連ねてしまったが、おかげで今はだいぶ楽になってきている。まだ息は苦しいが。

「書いてフィードバックする」という行為には、ある程度、気持ちを落ち着ける効果がありそうだ。

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