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【短編小説】花やしきとレモンサワー

恋人のバスケ仲間、ゲンちゃんが高校の部活のコーチをやっていて、関東大会の予選があるっていうので、両国にある学校の体育館まで観戦しにおいでと言われた。

試合は10時半からだっていうから8時には起きなきゃいけない、日曜日の朝だっていうのに! 健全な高校生のバイオリズムに合わせるっていうのはとんでもないことだ。

恋人のもう一人のバスケ仲間である鈴木さんと、わたし、3人で両国駅で待ち合わせ、セブンイレブンでわたしはハイボールを、2人はアサヒの「糖質ゼロ」を入れてから試合に向かった。

試合が終わる頃には、高校生の綺麗な汗とスポーツマンシップを目の当たりして、25歳のわたしは純粋さを失った自分を恥じる気持ちでいっぱいになり、反対に、いい年(37歳)してまだ『スラムダンク』にささげた青春を引きずっている恋人と鈴木さんは試合のあれこれを振り返って興奮状態になっていた。

ゲンちゃんに挨拶をしてから、わたしたちは隅田川沿いを歩いて浅草まで移動してホッピー通りでご飯を食べる。やがて、猥雑な雰囲気の中で自分らしさを取り戻し、ハイボールを何杯も重ねてすっかり気持ちがよくなった。そしたら、なにかの話の流れで恋人が「花やしきに行こう」と言いだした。

花やしきの入り口はまるで、さびれたゲームセンターみたいだった。中に入ると、古い民泊と、「千と千尋の神隠し」のお湯屋さんと、競馬場と、幼稚園を足して4で割ったような不思議なアミューズメント感にあふれていて、わたしたちは酔っ払っていたから、そんなたたずまいですら面白い。チケット代金1000円を払って中に入ると、ところどころでアルコールを販売していたので、さらに調子を良くする。わたしたちはそれぞれレモンサワーを買ってさっそく飲み始めた。

それから何枚つづりかのチケットを何度か発券機で買い、「還暦」と印字のついた年代物のジェットコースターと、くるくる回りながら弧を描く円盤と、上下運動を繰り返す背の高い塔、それから、かつてはデパートの屋上とかで子供たちを楽しませたであろう、すすけた汚いパンダの乗り物にわたしは200円を投入してまたがった。

3杯目のレモンサワーで思い切りがよくなったわたしたちは、最後はお化け屋敷に行かなきゃいけないという総意に至った。

鈴木さんが売店の売り子のお姉さんに「お化け屋敷どこですか」と聞くと、お姉さんはサンバイザーの下で落ち着かなさそうに視線をあちこち動かしながら(鈴木さんはイケメンなのだ)、「あの、お手洗いの入り口のところにある、白い建物、ラーメン屋の上の2階です」と言った。花やしきにはなんとラーメン屋があるらしい。

結局、ラーメン屋がどこにあるのかはわからなかったけれど、わたしたちは白い階段を上って2階にあがり、たしかにお化け屋敷のようなたたずまいのアトラクションを見つけた。

「ぱっと見たかんじ、こんな居酒屋ある」

恋人はすっかり上機嫌になって、頬を紅潮させながらけらけら笑っている。確かに、木で組まれた日本家屋風の軒先に、白い提灯がいくつか並んで下がっており、西新宿あたりにある大衆居酒屋と言われればそんな気もしてくる。

「これって、バイトのお化けがおいかけてくるやつ?」

恋人の裾を引っ張って尋ねると、「そこまで手こんでないだろ、としまえんじゃないんだから」と言った。

「居酒屋だと思えばいいよ、お化けもみんな、店員だから。脅かしに来たら『レモンサワー!』っていえばいいよ」

わたしたちの前には、友達同士で遊びに来たらしい小学高高学年くらいの男の子たちが並んでいて、つまらなさそうな顔で連れ立って入っていき、ものの30秒くらいで、同じく何事もなかったかのような、つまらなさそうな顔でぞろぞろ出てきた。

鈴木さんと恋人に小突かれ、わたしは先頭を歩かされることになった。怖くないとわかっていても、やっぱりドキドキしてしまうもので、後ろをついてくる恋人の手を痛いくらい握りしめながら少しへっぴり越しで進んでいく。

真っ暗闇の中で、引き裂かれたオーガンジーの布がひらひら風に揺れている。生暖かい、人工的な風が頬を撫でた。日本人形や、うつろな黒目のこけしが陳列された棚が並ぶ小部屋、着物を着た恨めし気な表情の女性(の蝋人形)が柱の向こう側から顔をのぞかせているのを通り過ぎ、もうすでに左手に出口の明かりが見えてくる。いくらなんでも早い。あはは、と笑い声さえ上げようとしたところで、いきなり右手の方から「ピシャーン」と雷がなる音がして、ガラスのショーケースの向こう側に、戦国の鎧兜を着た落ち武者(の蝋人形)がからくり仕掛けに飛び出したのがライトアップされた。わたしはとっさに「レモンサワー!」と叫んだ。

お化け屋敷を出て、恋人と鈴木さんは腹をかかえて笑った。落ち武者のサプライズ程度では吹き飛ばない酔いを引きずったまま、わたしも一緒になって笑った。

そんな日曜日だった




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