死んだ後もずっと一緒にいようね

「俺たち死んだ後も一緒にいない?俺が先に死んだらここで黄色いレジャーシート敷いて待ってるから、迷わないで俺のところに来れるように目印にしてよ」。緑豊かな芝生の上を子供と犬が走り回り野鳥が飛び回る、まるで天国のようなフォンデル公園の黄色いレジャーシートの上で寝転びながら彼は言った。

それは彼が日曜日になると「今日は家で食べようって言ったけどカレーの口になっちゃったからベトナムレストランまで歩かない?明奈が好きなフォーとバインクオン両方頼んで食べ切れなかったらテイクアウトして夜食にしなよ」と隔週で言う時と全く同じ口調だったから、おかしくてつい笑ってしまった。

この美しいフォンデル公園は地球上で最も好きな場所で、人も動物も一緒になってこの緑と水と空気を堪能できることが好きである理由の一つだ。空を見上げればいつも飛行機雲がある。その下の木々が作る影の、更に下の芝生の上で大の字で横たわると首の後ろのあたりが溶けそうになるほど気持ちがいい。

その風を身近な友人のようにさえ感じる。同じように横たわった祐樹の手を取り体温を感じると身体中にあたたかさが広がった。それは寒い日の夜に飲むとじわりと内臓に沁みるコーンスープによく似ていた。優しさの温度。この場所が私たちの死後の待ち合わせ場所だなんて私たちにはロマンチックが過ぎる。

祐樹とただ手を繋いでじっとしていると、手が重なった部分から年輪のようなインスピレーションを受け絵を描きたくなった。起き上がって少し描いてみるけど風が気持ちよくてまた横たわり手を繋ぐ。隣で横になっていた女性同士のペアが向かい合って起き上がったのが横目に入った。キスを交わしている。

ここは本当に天国かもしれない。天国はここに繋がっているのかもしれない。子供の笑い声。トランペットの音。鳥のさえずり。誰かのスピーカーから流れるハウスミュージック。誰かに許されたような安堵感と心地よさ。大きく息を吸い込むとその多幸感に大粒の涙が溢れそれらは瞬く間に私の頬を濡らした。

「きっとレボも来るから寂しくないよ」。突然祐樹が口を開いた。「レボが来たら尻尾振って喜んで走り回るだろうな、可愛いな。一緒に遊びながら明奈を待ってるよ」。覚醒を察知して気の遠くなるような孤独感に襲われる。まだここにいたい。行かないでと言いたいのに苦しくて声が出せない。……祐樹!

薄らと目を開けると一人で芝生の上に横たわっていた。記憶を巡らせ私という存在を取り戻す。幼少期に受けた暴力。家では生ゴミ袋に入れられるのに外出の際はハイブランドで着飾られる人形。受験の失敗。私を恥じる両親。不要品。強引なイギリス留学。そのまま日本には戻らず、そして祐樹と出会った。

いつも早く死にたいと思ってた、クソ人生。車でヨーロッパ中を走りながら車を売る祐樹と冒険するうちに笑うようになった。海を山を風を空を、世界のあらゆるものを感じる方法を知った。彼を愛するために初めて生きたいと思えた。3週間前に祐樹がオーバードーズで短い生涯に終止符を打つまでは。

この公園に来てから4時間が経っていた。この時期のアムステルダムは22時にならないと日が沈まないから19時だというのに真昼のように明るい。先ほど彼と過ごしたひと時は摂取したマッシュルームが与えてくれた幻覚に過ぎない。しかし私の心を癒すには十分だった。彼が目印をくれて、私は手に入れた。

隣にいたペアはいつの間にかどこかに消えていた。レジャーシートを畳むと痩せこけて枯れ木のようになった身体が痛んだ。何日も水しか飲んでいない。レボよりも先に待ち合わせ場所に辿り着くのは私だと閃くと口元がふっと緩んだ。そうなることを心から望んでいる。幸福の波が私の全身を包み込んだ。(完)

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