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kiss & Crush




愛されたがりの結末なんてとっくの昔に知っていたけど、それを認めるのはいつも怖い。今度こそは愛されると勘違いしてしまう。だからきみは特別じゃない。特別じゃないんだけど。


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ホワイトクリスマスは一度も見たことがなかった。都会で生まれ育ったあたしに馴染むのはLEDライトが模した青い雪ばかりで、12月に入るとそれが網膜をぐさりぐさりと刺してくる。明滅する景色が寂しさみたく飽和して、相変わらず「愛されたい」のだと自覚した。


クリスマスはシフト入れます、と言ったらバイト先の店長の顔はみるみるうちに明るくなって、上機嫌でホールへ出ていった。誰もいない休憩室に残されると扉越しにファミレス特有の賑やかな声がこだまして、やっぱりやめればよかったとすぐに後悔した。

みんなには内緒ね、と言って聖夜の仕事終わりにもらった数千円の手当を持って幸せばかりの街へ放り出される。今から誰か遊べないかなと思ってTwitterを開くと、胸焼けするような画像つきのツイートがエスカレーター式に流れてくる。自分だけが乗りそこねた恥ずかしさと惨めさで剥き出しの手が痛かった。


そんな中できみのツイートは少し浮いていて、付き合っていた頃のことを思い出す。サークルの同期なのに先輩の誰よりも大人びていて、その佇まいに憧れた。彼女になれて嬉しかった。でもいつもじっと静かで、穏やかで、優しすぎたきみは、愛されたがりのあたしにはとても物足りなかった。最後のときすらきみは仕方なさそうに微笑んでいたから、間違っていないと自分に言い聞かせて別れた。


彼女にマフラーもらった


きみの言葉にはキラキラした絵文字も画像がついていなくて、紙の日記から切り取ってきたみたいだった。つぶやきってそういうものだろうけど、そんなことを守っている友達はひとりもいなかった。みんなもあたしも世界に自分を発信することで頭がいっぱいで、恋人からもらった幸せの取り分を見せびらかしたくて仕方がなかった。


車はあまり走っていない。氷点下を記録するほど寒い夜なのにたくさんの人が歩いていて、すれ違い様の顔はほころび、瞳の中にLDEライトを灯していた。場違いなジャージ姿の自分だけが煌めきを避けて街を徘徊している。急に思い出したきみへの気持ちも漂っている。とっくに忘れたと思っていたんだけど。


昨年の冬は、きみが待っていた。大通り沿いで一番大きなクリスマスオーナメントの前で、遅れてくるあたしをスマホもいじらすに、じっと。

きみは遅刻を咎めることもなく、くだらない世間話でデートは幕を開けた。とびきりのお洒落に気が付かない鈍感さが気に入らずあたしは少しぶすくれていて、秋口のように軽装なきみに気づいたのはカフェに着く直前だった。

日中は暖かかったけど夜になれば急激に冷えてくる。呆れてひざ掛け用に持ち歩いていた大判のストールをきみの首に巻いた。黒とネイビーでまとめた格好に淡いオレンジと白のノルディック柄はちっとも似合わなかったけど、きみは「あったかいね」と言って顔をうずめた。汚さないでねと返したのは、ふいに胸の奥に生まれたむず痒さを落ち着けるためだった。

思えばあれが最初で最後だったんだ。


それからいくらかして別れが訪れたけど、愛されたがりは相変わらずもらうことばかり考えていた。ファッション雑誌に乗っているような小手先のテクニックで困らせてみたり、身近な友達と比べて自分の優位性を確認してみたり。与えられる側になりたくて、証拠集めばかりしていた。それがあたしを本当のことから遠ざけているとも気づかずに。

サークル室の隅で静かに微笑んでいる大人びたきみの、その穏やかさの裏に子どもみたいに愛おしい表情があること。何も求めていませんという顔をしておいて、与えられれば誰よりも喜んでくれること。


深夜をあとに控えた街は少しずつ明度を落としていくけど、ネオンの代わりに星々が揺らめき始める。それぞれの笑顔が優しい帰路につく頃だった。きみが彼女にもらったマフラーはどんなだろう。

白い画面に浮き上がった言葉にぬくもりを添えようとしたけど、何も出てこなかった。今更になってあたしにあげられるものなんて。


きみのアカウントの中を漂う。短い文字列の間にあたしはいなかった。消したのではなく、もともといなかったのだ。あたしがもらった幸せはあたしのもので、きみがもらった幸せはきみのもの。手放したくないし、手放してほしくない。

白濁色の息を吐き出したら魂が抜けていくみたいだった。いや、毒気が抜けていったと信じたい。あたしはメニュー画面を開いて「お幸せに」と打つ代わりにブロックボタンに親指を押し付けた。3秒の間を置いてから表示が変わる。嫌な女だから、あたし。





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