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【連載】雲を掴んだ男 04/クラインフェルター症候群

 雄の三毛猫を探して、三日目のことだった。毎日毎日どうして付き合っているのかと思いつつ、それほど嫌な気分ではないことが、夏生自身も不思議だった。

 わかってきたことがある。
 馨は生徒会副会長に当選したものの、他の役員はほぼ三年生な上、思い出づくりに生徒会に入ったという、やる気がある人間ばかりだそうで、馨はその外見の良さと人気から、客寄せやイベントの当日運営くらいにしか関わらせてもらえないこと。部活には所属していない。だから、放課後の時間は自分の好きに使える日が多かった。

「しかしなんで三毛猫の雄なわけ? 金がほしいならバイトしろよ」

 今日の捜索は、町外れにある工場群が集まる通りだった。薄汚れた空気と錆びた匂い。稼働している工場は、すでに多くはない。不景気の煽りで、いくつもの工場が閉鎖に追い込まれた。ここは、夏生たちが暮らす街の中でも、貧しさをギュッと濃縮したような通りである。

「バイトはしてるけどさ、そういうことじゃないんだよ」

「は? おまえ、いつバイトなんかしてるんだよ。毎日猫探してんじゃねぇか」

「まぁまぁ、その話は置いといてさ。ロマンだよ。ロマン」

 車の下、倉庫の影。馨はあらゆる隙間を具に探しながら、時折振り返っては夏生にも探すように促した。

「なんで三毛猫の雄が少ないか知ってる?」

 馨の問いに、夏生は当然のようにかぶりを振った。

「遺伝子的にね、三毛猫は雌しか生まれないんだよ。オレンジ色を決定する染色体が雄にはないからね」

「よくわかんねぇけど、それじゃ雄に三毛はいないんだな? 俺たちは何を探してるんだ?」

「いや、それがいるんだって。染色体異常でね、生まれてくる雄の三毛猫がいるんだよ。3万分の1くらいの確率で」

「3万分の1……!?」

 気の遠くなる確率だった。それ以上に、こんな街にそんな希少種がいるとは思えない。

「おまえな……」

「ああ、まぁまぁ怒るなって」

 呆れと怒りで声を荒らげようとしたのを察知したのか、馨は夏生が口を開くのをあっさりと遮った。

「3万分の1っていうのはクラインフェルター症候群っていう染色体異常の場合に雄が生まれる確率でさ、それ以外にもまぁ色々と雄が生まれてくることはあるんだけどね」

 それでもすごく少ないけど、と馨は小声で付け加えた。

「ただ俺はね、できればそのクラインフェルター症候群の三毛猫を探したいんだよな」

「……なんでだよ?」

 夏生はうんざりした気持ちを抱えながらも、こうなれば付き合うしかないだろうと、ため息混じりにその理由を問いかけた。

「中学でも生物やるから知ってると思うけど」

 馨はそこで一度言葉を切って、夏生の顔をチラリと見た。生物なんて覚えているわけがない。それでも何も言わない夏生を見て、馨は相好を崩した。

「まぁ簡単に言うと、男性の染色体はXYなんだけど、XXYだったり、XXXYだったりX染色体が多い染色体異常をクラインフェルター症候群っていうわけ」

「それで?」

「その場合、生殖能力がないの。珍しいだなんだって高値つけられて見世物になるけどさ、子孫を残すことはできないんだよね。どれだけ高価でも生物としては異端ってこと」

 な、ロマンだろ。と付け加えた馨の眼差しはどこか痛々しくて、

「おまえさ」

 言いかけて、夏生は口を噤んだ。聞き返すように馨は眉を上げて微笑んだが、夏生はそれ以上何も言わなかった。

ーーおまえさ、売る気なんてないんだろ。

 なぜかその言葉を、馨に問い掛けることができなかった。聞く必要の、ないことだと思った。


>>05/年下の女の子  に続く

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