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どうしても叶わないこと


この前、保育園で少し早い夏祭りがあった。
昨年や一昨年はコロナ禍だった事もあってお祭りは秋へと持ち越しになり、例年とは違う形での開催だったので、ようやくこれまでの状態に少しずつ戻りつつある事を感じている。

年長だけが作っていたお神輿を今年は3歳児から5歳児まででチームに分かれて作っていたのだが、そのお神輿がとても素敵で。
私自身はとりわけ何をしたわけでもないのだが、過程を見ていただけに子ども達の頑張って作っていた姿が頭に浮かんで、とても微笑ましい気分になった。

屋台も例年以上に賑わって、いつもは部屋で食べていた給食も今年はベランダにテーブルを出して食べていた。
こういった行事の日の特別感は何ものにも代えがたかったなと、子ども時代を思い出す。

そんな中、今年は忘れられない経験をする事になった。

午前中から年長さんのクラスに入って、豆絞りや帯を子ども達につけるお手伝いをしていたのだが、いつもと明らかに調子がおかしい男の子がいた。
普段から私によくお話をしにきてくれる子なので、なおさら元気がないことに違和感を覚えて、「大丈夫?」と聞いていたのだが、「うん」の一点張り。
元々自分の言葉で話すのが不器用なところもあるので、私はあまり深追いすることもなくその時は他の子のところへ行った。

外に出て写真撮影が終わった後のこと。お神輿を担ぐ前に「お茶を飲みたい」とのことで担任の先生からその子を引き継いで、一緒に部屋に向かう。
やっぱりなんだか顔が陰っているのが気になったのだが、とにかくいつも急ぎがちなその子が慌てないように「まだ始まらないからゆっくり飲んでいいよ」とお茶をコップに注いで渡した。

だが、お茶を飲んだその瞬間その子は床に座り込んで嘔吐してしまったのだ。
急な出来事で慌てたもののその子の具合が朝から悪かったことに合点がいって、他の子ども達の気を引かないようこっそり先生達を呼んで後の処理をしてもらった。

ベッドがある事務所へひとまず連れて行こうとしたのだが、その子は「嫌だ」と言って聞かない。
そりゃそうだ。楽しみにしていたのにこんな事になったら、もうお祭りへいけないかもしれないと思うに決まっている。

「でもちょっと休まないともっと大変な事になっちゃうかもよ。○○くんは良くても、○○くんの体は休みたいと思う。元気になったらまた外に行けるかもしれないし、先生も一緒に行くからベッドに行こう」
と、数分かけて説得してようやく事務所へ向かえたものの、ベッドの上で横になることはなく、ずっと外の様子を見ていた彼。でも楽しそうなみんなの姿を見るたびに下に目線を移して、またしばらくしたら窓の外を眺め…

そんな事を繰り返しているのを横目で見ながら私も話しかけてはいたものの、やはり彼の心の中で言葉にできない気持ちがきっとあって、会話が続くことはなかった。

幸いお父さんが早くお迎えに来てくださったのだが、その姿を見るなり抱きつきにいった彼を見てホッとした反面、複雑な気持ちにもなった。
やりたくても叶わないこと。大人にとってみればどうって事ないかもしれないけれど、まだ5年ちょっとしか生きていない彼にとって楽しみだったこと。

私はただ寄り添うことしかできなかったが、彼はどれだけ悲しくて辛かったんだろうなとその後も考えていた。
でもきっと、彼には少し早いタイミングでこういう経験が訪れただけで、これから他の子どもたちみんなにも自分の力ではどうにもできない瞬間が訪れる事を思うと、今回の出来事がいい経験にはなったのではないかとも思う。

普段はお調子者な部分もあって、度が過ぎる事をしてしまったり、友達に意図せず皮肉を言ってしまったり、最近は特にそのことで注意を度々受けていた事もあった彼。
注意をされたら「わかんない」と話を聞こうとしなかったり、話を逸らそうとする事も多く、日々その繰り返しが続いていた。

その矢先にこういった事が起こったので、彼の中にこの日のことがどう残って、今後にどう響いてくるのだろうなと思っている。
人生の中で同じ経験をするならできるだけ早いに越したことはない。悔しい思いをすることは恥ずかしい事じゃないんだよ、と私も経験者として教えてあげられる。

それに、その子には本当は優しい部分があることも私はよく知っている。
皆んなより発達が遅いクラスのお友達の事をさり気なく見守ってあげたり、影でお手伝いをしたり、できない事ができるように一生懸命何かに挑戦したり、人の見えないところでそういう行動をしている事も私はよく見ていたので、その姿を見ていることも伝えながら時間をかけて話をするように心掛けている。彼は口下手なだけで実際きっとすごく考えられる子だと思っているから。

結果として当日はお祭り自体にはほぼ参加していない私だったが、そういった子どもの心の機微に触れたという意味で、今年のお祭りは忘れられない日となった。
こんな日々を重ねながら、子どもはまた一つ成長していくんだなと思う。

子どもたちは毎日ちょっとずつ変化していく。そしてそこへどうアプローチするかで子どもの未来は大きく変わっていく。
己の忙しさでその微々たる変化を見逃さないように、これからも大切な子どもたちの話に耳を傾けながら一緒に寄り添って成長していけたらなと強く思えた一日だった。


読んでくださりありがとうございます。 少しでも心にゆとりが生まれていたのなら嬉しいです。 より一層表現や創作に励んでいけたらと思っております。