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【短編小説】サイルイウ

「今年もサイルイウかな。」

雲に覆われた空を眺めて彼女は言った。

「サイルイウ?」

「そう。催涙雨(サイルイウ)。天の川の水かさが増して会えなくなっちゃうの。去年も雨だったんよ。2年も会えないなんて耐えられんくない?」

期末テストの3日目が終わって、下校途中に歩いているハルカを見つけて駆け寄った。テストどうだった?って質問を跳ねのけてハルカは今年もサイルイウかなと言った。

「織姫と彦星の話?」

「うん、織姫と彦星の話。ハルト短冊書いた?」

僕はハルトで、彼女はハルカ。桜が芽吹く頃に生まれた僕たちは、家を3軒挟んだところに住んでいて、俗にいう幼馴染だ。小中と同じ学校に通っていたが、高校は別々になった。彼女は美術工芸系の高校へ電車で通い、僕は地元の自転車で通える工業高校に進んだ。僕たちは高校3年になり、お互い進路を考える時期だった。

「あー、いや書いてないよ。昔はよく商店街に飾りに行ってたよな。まだあんの?」

「久しぶりに行こうよ、私も書いてないの。」

そう言って、ハルカは自転車のカゴにバックを乗っけて、後ろの荷台にスッと跨いだ。その身軽さは昔から変わらない。

「なあ、ハルカ。」

「なに?」

「ちょい、重たくなったんちゃうか?」

うるさいという変わりに、僕の横腹をくすぐってきた。すまんと言ったら、肩に手を乗っけて気を付けてよねって言ってそのままペダルを漕いだ。久しぶりにハルカを後ろに乗せて、妙に大人っぽくなっているのを感じた。
到着すると、小学生くらいの子たちが浴衣や甚平を来て、短冊の周りに集まっていた。すぐ隣に机が並んでいて、ペンや短冊が散らばっていた。僕は自転車を止め、彼女はひょいと荷台から降りた。

「何色にする?」

「なんでもいいよ。」

そう言うと、僕のスマホと同じ青色を選んで渡してくれた。彼女はオレンジ色を選んでいた。

“明治大学に行けますように ハルト”

僕は黒いペンでそう書いて、笹に飾った。僕の飾った青色の短冊の隣にハルカはオレンジ色の短冊を飾った。

“毎年ちゃんと会えますように ハルカ”

ハルカは飾り終えると両手を合わせて目を閉じた。

「補色って知ってる?」

目を開けるとハルカが聞いてきた。知らないと答えた。

「色相環の対角線上にある2色のこと。お互いの色を最も目立たせる色の組み合わせなんだよ。青とオレンジもそういう関係。」

そういうと、僕の目をみてニッと笑った。だから僕もニッと笑った。僕たちはいろんな人の願い事を見て回った。ハルカが手招きをして見てみてと指さした先にあった短冊には、”蚊にさされませんように”と書いてあって、切実と言って笑い合った。一通り見て、帰ろっかと言ってハルカは僕の自転車のカゴにバックを入れたけど、荷台には跨らず自転車を押す僕の横をゆっくり歩いた。

「ねえ、ハルカは進路どうすんの?」

「んー、京都の大学かな。陶磁器専攻の芸大があって。東京の美大行けるほど、実力もお金もないから。ハルトは明治大学行けるといいね。スポーツ推薦?」

「あー、うん。一応そのつもり。」

僕は陸上部で、去年の12月に全国高校駅伝で優勝した。先輩が昨年明治大学へ入学して、僕にも声がかかった。スポーツ推薦入試を受ける予定でいる。

「そっか、ほんとに離れ離れになるね。」

ハルカがそう言うと、自転車を押す僕の右腕にぽつりと冷たさを感じた。ぽつぽつと、僕の腕はあっという間に水玉模様になって「雨だ」と言ってふたりは一斉に近くの古びたバス停の屋根のあるところまで走った。

「今年も降っちゃった。願いごとしたのに。」

ハルカが空を見上げて寂しそうに言った。ぼくたちの将来を言っているような気がした。

「大丈夫だよ、僕たちに見えないだけで、織姫も彦星も1年に1度の約束を破ったりしないさ。ちゃんと二人は雲の上で会ってる。」

ハルカは僕の目を見てニッと笑った。いつもと変わらない八重歯がちょっとのぞいてそれがまた愛おしかった。

「そうだね!」

高校3年の7月7日。七夕の今日。雨がシトシト降る古びたバス停の屋根の下で僕はハルカの手を握って雨が止むのを待った。離れ離れになっても、僕はちゃんとハルカに会いに行く。そう心に決めた。

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