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【短編小説】11688日

紙パックから、最後のドリップコーヒーを取り出した。フツフツと響いてプツンッと音が鳴る。湧いたお湯を少しずつフィルターに垂らして透明の耐熱グラスに落ちていく雫を見て目元がじわりと滲んだ。あまりにも儚い時間は、ほろ苦い。

>>もう会うのやめにしたい

誰も幸せにならない。もしくは誰かが傷つくんだ。そんなことを何度か繰り返した人生だから、分かってしまう。もうそういうことは、無しにするって約束したから、過去の自分に。フツフツとこみ上げてきたものがプツンッと切れる。そう、それは電気ケトルのそれみたいに。

>>わかった

スマホ画面を見ながら、カップを傾けると白い服にコーヒーがこぼれてじわりと不穏な色が広がっていった。言葉は時として本当のことを言えない。会いたい気持ちは押し殺したのだから。

生きていれば、あらゆる分野で何が先で、何があとに来るかという物事の相互関係が発生する。そういう順序に正解はなくて、事実だけが存在した。私がのぞむ1番は、遠くてぼやけていて不確かなことだった。それだけが事実だった。そんな感情ひとつで終わってしまうようなものだから。ふたりに正解はなくて、事実だけが存在する。ただカレーを食べて、アイスコーヒーにリキュールが少し入っていただけ。ただそれだけ。

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