掌編:真夏の夜の夢。

#小説 #創作 #SF #回顧 #Flat_フラット

 


 そこに在ることがたいせつだった。



 その日は朝から日差しがきつかった。そして夜は冷え込んだ。日中の疲れに、子供がすぐ寝付いた、そんな夜。腰を下ろした砂はまだあたたかかった。太陽の熱が残ってそれを孕んだままなんだろう。
「ずっと、会いたかったんだ」
 仰向けに寝転んで私の膝の上、頭を乗せたあなたは顔を片手で覆って呟いた。熱中症で浮かされているような、どこか暈けた声だった。
「でも、会えないって思ってた。会いに行くのは、甘えるようで、……あの人に逃げるようで」
「……」
「会えないまま、会えなくなった。結局 ────僕は逃げたんだ。あの人を言い訳に、あの人『から』逃げたんだ。あの人のやさしさに甘えたんだ」
 少し、話す調子が震えた。音がくぐもった。膝が湿った。
「どうしたら良かったんだろう。どうしたら、……現実と向き合うって決めた、だから、だから あの人とさよならしたんだ、なのにっ、」
「……」
「僕がひとりで立つためにはあの人のそばにはいちゃいけなかったんだ。だけど、そのために僕はあの人をひとりにした。……どうしたら、本当、良かったんだろう……」
 顔を見せない独白に、空を見上げ私はひとつ、溜め息を零した。
「……もう、終わったことでしょう」
「……」
「今更じゃないですか」
 淡々と、私は主観を紡ぐ。薄情に感じるかもしれないが、言い得て妙だ。私はひとり納得して彼に進言した。
「詮無いことで患うのはやめなさい。あなたがそれでは不安がる。あなたの子供が」
「……うん」
 私はそっと、膝に散る髪を一房取り口付けた。数十年だか百年だかのロマンスなんて知らない。

 ただ、たいせつなのは前に在る現実だ。 私たちには庇護すべき子がいてどれ程外見が若かろうとも結構に老いた大人なのだから。
 ゆえに、私はこんな感傷に情など湧かない。

 薄いはずだろう?

「おやすみなさい、───良い夢を」
 起きればまた、笑わなければならない。生きるために。泣けるのは、今だけだ。






   【Fin.】

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