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やわらかな澤田流 治ろうとする力を伸ばすお灸(3)

第3回 : 繰り返し、丁寧に見続ける

木村辰典(きむら・たつのり)
木村鍼灸院院長、大阪行岡医療専門学校非常勤講師

第1回では、『鍼灸真髄』(医道の日本社)の構成から、澤田流がはじめから完成された治療法でないことを知り、そこから、自分の感覚でとらえた、生きた身体の経穴反応を中心にして、またこの本を読んでいくことをお伝えしました。

 今回は、少し具体的な例を挙げながら見ていきたいと思います。

 例えば、「次髎が張ると手足が冷える」(p.84)とあります。当たり前ですが、はじめのうちは、よほどひどい状態でない限り分かりません。

 このときに無理をして、頭で次髎の張りを、分かろうとしないほうがよいのです。

 仙骨上の八髎穴を何十人、何百人も、あるいは同じ人を何度も身体で触れているうちに、「ん? なんか張っている気がする」となり、そこにお灸を据えることで反応が取れ、下肢や下腹の冷えが取れることで、「あの感じは、やっぱり『張った感じ』で合っていたのだな」と、あとから学んでいく、その繰り返しで、少しずつ手の経験値が上がっていくのだと僕は理解しています。

 また、『鍼灸真髄』には、澤田先生の天才的な面をうかがい知ることができる記述があります。往診随行記にある、腕の痛みで動くこともできないという患者さんの治療場面です。

 「ちょっと指先へものがふれただけでも右の肩甲関節が痛んで堪えられないという。ようやく起き上ると先生は右の腰部(腎兪のあたり)に手掌を翳(かざ)され、「ここに熱がこもっています。これ少し腫れ上がっていましょう。……中略」
 「腎兪の第一行(右)とおぼしき処に穴を捜りあてて二寸五分の針を根元まで刺入され、暫くの間(約一分間)針を止めて廻旋術を施し乍ら「それ腫れが引けて来ました。もう腕の痛みが大方とれたでしょう」という。大将これに答えて「ええ大分痛みがとれました。まるで嘘を云ったようにスーッと痛みが減りました」(p.252−253)

 とてつもない感覚の鋭さです。

 この部分を初めて読んだときの印象は、今でも鮮明に残っています。

 これは僕以外の先生方もきっと経験があると思っているのですが、思わず自分も、人の腰に直接触れず、手をかざし、目を閉じてしまいました。

 もちろん、しばらくの沈黙のあと、何も感じることができない自分の才能のなさに笑ってしまうのですが。

 このように、はじめは、澤田先生の天才的なところにばかり目がいってしまいますが、そこであきらめてはいけません。経穴反応を丁寧に見続けながら、繰り返し読むうちに、「澤田先生もこのような経穴反応なら迷っていたのではないか」「自分で考えることができるよう、わざと矛盾することをいっているのではないか」などと、臨床と照らし合わせながら、自分なりの読み方ができるようになります。

 そうすると、お灸を据えることがもっと楽しくなります。

(つづく)

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鍼灸の名人といわれた澤田健に師事した代田文誌がその日常治療の間に見聞したものを筆録。この書に記されている説は大方、鍼灸古典の説に基づくものであるが、同時に著者の独創的見解も多い。その思考や表現はきわめて素朴で簡単で、治療の実際に役立つ、臨床的真理の宝庫。


著者プロフィール:木村辰典(きむら・たつのり)

1976年生まれ。曾祖母が産婆と灸治療、母親と姉が鍼灸治療をしていた影響で鍼灸の世界に入る。2002年に大阪行岡医療専門学校鍼灸科に入学。2002年より母親の同級生である上田静生先生に師事。初対面のときに「鍼灸真髄を暗記するまで読みなさい」と言われ澤田流と出会う。2005年、大阪行岡医療専門学校鍼灸科卒業。あん摩マッサージ指圧師免許取得。その後、澤田流の基礎古典である『十四経発揮』の教えを受けつつ臨床にあたる。2010年より一元流鍼灸術ゼミにて伴尚志先生に師事。2012年より澤田流や灸術を学ぶための「お灸塾」を開講。
2007年4月より大阪行岡医療専門学校に勤務。現在は非常勤講師。2011年10月より同校の「お灸同好会」で指導。2009年より大阪ハイテクノロジー専門学校非常勤講師。2005年より母親が営む木村鍼灸院に勤務。2016年、自身の木村鍼灸院を開業。


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