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やわらかな澤田流 治ろうとする力を伸ばすお灸(2)

第2回:自宅でお灸

木村辰典(きむら・たつのり)
木村鍼灸院院長、大阪行岡医療専門学校非常勤講師

 現在、新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、多くの先生方がリスク管理の苦労やクラスターを発生させてしまわないかという不安のなか、日々の治療にあたられていることと思います。

 今まで、治療のことだけを考えていればよかった日常が、どれほどありがたいことなのかを痛感しつつ、僕も患者さんと向き合っています。

 そのようななかで、当院でお灸をどのように活用しているかを、少しだけ紹介します。

 まず、最初にお断りさせていただきます。
・ 新型コロナウイルス感染症はまだまだ未知の感染症のため、鍼灸院での治療対象とは考えていません(疑うような症状を相談されれば、適切な医療機関、または保健所に連絡してもらいます)。
・もちろん新型コロナウイルス感染症に感染した患者さんの臨床経験もありません。
・ 感染予防のため、お灸を適切な経穴に、適切な刺激量で継続することができれば、免疫力が低下するのを防いだり、改善したりするのを助けると考えています。

 以上のことをご理解いただき、お読みになってください。

 こういった時期だからといって、治療については特に変わることはありません。澤田流は病名にとらわれることのない治療ですので、基本的な治療方針は脾・腎を補うこと。あとはしっかりと体表観察をして、脾腎の弱りを疑う反応にお灸を据えていく。これに尽きます。

 『鍼灸真髄』には次のような話が出てきます。

 「肺が悪いから肺を治そうとするようなのは小局的な治療です」(p.99)
 「治療の上から即ち本体から見れば、肺は一番なほり易い所で、次に肝臓がなほり、一番あとに脾臓と腎臓が残るのです。だから肺がひどく悪くなつたという時には、脾臓と腎臓とは肺よりももつと以上に悪くなっているのです」(p.173)

 たとえ呼吸器疾患であったとしても、肺だけが病んでいるわけではなく、結局、われわれの身体は、外邪(異物)と全身(五臓)の総力をもって闘っているのだと思います。

 そうなると、先天の原気である腎、後天の原気である脾の弱りというものがあれば、これを補うに越したことはない、ということがご理解いただけると思います。

 では、肺へアプローチすることは全くないのかというと、そうではありません。
 局所にばかり目が行ってしまうことを戒めるために、そのような言い方をしているだけで、実際には、背部の五柱(大椎・陶道・身柱・両風門〈p.305〉)などを呼吸器の症状で使われていることから、経穴反応が出ていれば、それに即して治療する、という方針を取っています。

 普段から取り入れていることですが、今、僕が患者さんへ特に勧めていることがあります。
 それは自宅でのお灸です。

 ご家族が協力的であれば背部兪穴に、自宅でお灸を据えてもらう人もいますが、家でお灸を継続して据えることは鍼灸師でもなかなかハードルが高いものです。ですので、多くの方には、まず、足三里に灸点をおろして、自宅で温筒灸を据えてもらっています。

 足三里はいわずと知れた名灸穴ですが、近年モクサアフリカの活動によっても免疫力への作用を示すデータが確認されていることから、患者さんへの動機づけもしやすく、何といっても、一人でも据えやすい、分かりやすいツボということがあります1)。

 治療師の目線で厳選したツボを、患者さんに据えてもらえなかったことは何度も経験しました。
いくらよいツボでも、据えてもらえなければ意味がありませんので、患者さんに継続してもらうためのポイントを挙げておきます。

1. 据えやすいツボを選び、数は最小限からスタートする。
2. 火傷のリスク管理を伝える(温筒灸でも火傷することはあります)。
3. 治療院で灸点をおろすメリットを伝える。
 ・正しいツボの位置を取れる。
 ・反応が変わればツボをずらしたり、やめたりの判断がつく。
 ・治療効果が高まる。

 灸点はすぐに消えてしまうので、自宅施灸のあとには、自分で印をつけ足すことを伝えておくことも大切です。

 もちろん、足三里だけに施灸することでバランスが崩れ、不調を訴える人もいますので、そういった方は、ほかのツボを組み合わせるか、灸点をおろさないようにしています。

 自宅施灸を継続してもらうと、患者さんの養生に対する意識が変わります。自宅施灸の効果だけではなく、それによって、治療に対するモチベーションも上がるため、身体の治ろうとする力が伸びるのかもしれません。

 ぜひ、お灸のよさを知らない患者さんへ教えてあげてください。

(つづく)

【参考文献】
1) 原寛, マーリン・ヤング. 灸の臨床4. -WFAS TokyoTsukuba 2016講演録. 直接灸による結核治療─原志免太郎とモクサアフリカ─(鍼灸サイエンティフィックセッション②), 医道の日本2017;(76)3: 103-15.


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鍼灸の名人といわれた澤田健に師事した代田文誌がその日常治療の間に見聞したものを筆録。この書に記されている説は大方、鍼灸古典の説に基づくものであるが、同時に著者の独創的見解も多い。その思考や表現はきわめて素朴で簡単で、治療の実際に役立つ、臨床的真理の宝庫。


著者プロフィール:木村辰典(きむら・たつのり)

1976年生まれ。曾祖母が産婆と灸治療、母親と姉が鍼灸治療をしていた影響で鍼灸の世界に入る。2002年に大阪行岡医療専門学校鍼灸科に入学。2002年より母親の同級生である上田静生先生に師事。初対面のときに「鍼灸真髄を暗記するまで読みなさい」と言われ澤田流と出会う。2005年、大阪行岡医療専門学校鍼灸科卒業。あん摩マッサージ指圧師免許取得。その後、澤田流の基礎古典である『十四経発揮』の教えを受けつつ臨床にあたる。2010年より一元流鍼灸術ゼミにて伴尚志先生に師事。2012年より澤田流や灸術を学ぶための「お灸塾」を開講。
2007年4月より大阪行岡医療専門学校に勤務。現在は非常勤講師。2011年10月より同校の「お灸同好会」で指導。2009年より大阪ハイテクノロジー専門学校非常勤講師。2005年より母親が営む木村鍼灸院に勤務。2016年、自身の木村鍼灸院を開業。


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