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ブラック企業に入ったときの話 ⑥ 退職代行シクヨロ〜エンディング編

その① 上司と全然合わない編
その② 年下の先輩がヤバい編
その③ 最強の敵編
その④ 光の友達編
その⑤ 辞める決心編

やっと辞める。振り返ると人生のほんの一瞬だけだったが、長すぎると感じるほど嫌なことしかなかった。よく耐えたもんだなと思う。

自分の人生が最悪だ、いいことない、と思っている人へ、自分のような馬鹿で間抜けで、いまだに全回復できていないダメ人間もいるんだから、まだ大丈夫と思う一助になれば。
転職を考えている人へ、焦るとろくなことにならないというリアルな例になれば。
こんなもん生ぬるい、自分はもっとしんどいという方は、ウォッカとか飲んでヘドバンしたら結構嫌なこと忘れられると思いますよ。



辞めると決心したのに、手はスマートフォンで退職代行について検索しているのに、ずっと不安だった。辞めた後の生活はどうしよう。転職サイトで次が決まってないのに辞めるのはダメって書いてあった。退職代行も安くはない、貯金もないのに無謀すぎるんじゃないか。と、考えれば考えるほど、やむことなく不安要素は頭に浮かぶ。
そして何より、退職代行を使うことにすごく抵抗があった。会社で隣の席に座っていた、若くておしゃれな、今どきって感じの事務の人が「退職代行使うのって非常識ですよね、ありえないわ~って思っちゃう」と言っていたからだ。
自分より若く、今をときめく世代の人ですら非常識と思う行動を、彼女より年上で世間から見向きもされない、体型は自堕落な中年そのものの自分がやろうとしている。後から絶対陰口を言われる。頭がおかしいと言われる。仕事できないくせにそういうとこだけ一丁前にやるんですね~って嘲笑される。絶対そうだ。

そんな時に頼れるのはやはり友人だった。
「あり得ないって言いたいなら言わせとけばいいじゃん、どうせもう会わないよ。それにその『あり得ない行為』をさせてるお前らの方がやばいって話だからね」
最初から最後まで正論である。
気を取り直して退職代行の業者をリサーチし続ける。弁護士が運営しているところがいいらしいとか、退職代行の相場価格を調べるとか、色々考え選び、おそるおそるラインで連絡をした。すぐに返信がありとんとん拍子で契約、翌日には銀行で費用を振り込み、契約書と委任状を送付、三日目に退職することとなった。

最初に問合せたのが月曜日、振り込んだのが火曜日の午後で、火曜の午後は体調不良で早退ということにしていた。こんなに楽しくない、精神的に負担の大きいズル休みの経験は初めてだった。
振り込みのために銀行へ向かい、ATMで画面を押すときに軽く手が震えたのを覚えている。これで辞められるんだなという安堵と、もう戻れないという気持ちだった。「もうこれであんな社会不適合者の吹き溜まりと縁が切れる!ィヨッシャー!」な自分と「あんなゴミくずの集まりでも自分は仕事ができないんだからきっとどこ行ってもだめだ、社会の底辺だ、仕事に向いてないんだ、しにたい」な自分が15分間隔くらいで入れ替わり、精神が全く落ち着かず、情緒もぶっ壊れていた。

ところで自分は独り身の中年(Lv.1)だがEテレヘビーウォッチャーである。おかあさんといっしょが数年前に60周年を迎え、歴代おにいさんおねえさんが出てくるファミリーコンサートが開催されて、テレビ放送もされた。その回を録画していて折に触れ見ているのだが、退職を決意し、銀行で費用を振り込み帰宅した後もおかいつコンサートを見た。明るく優しい歌で精神を安定させるためである。
おかあさんといっしょには数々の名曲があるが、近年(といっても初出は20年近く前だが)大人気の、子ども向けの皮を被った大人向けソングがある。
ぼよよん行進曲だ。

どんなたいへんなことがおきたって
きみのあしのそのしたには
とてもとてもじょうぶな「ばね」がついてるんだぜ

https://www.uta-net.com/song/53759/

この歌詞から始まるこの歌は、前向きで明るいエネルギーと、前向きになれない自分に寄り添ってくれる優しさがある。初めて聞いたときは「いい歌」程度にしか思っていなかったが、「たいへんなこと」が起きている状況で聞くぼよよん行進曲はいい歌どころではない。どこからどう見ても名曲である。今だって歌詞を思い出して目頭が熱い。瞬きをする必要がないほど表面張力でものすごく潤っている。
ぼよよよんと高く飛び上がると、あの星まで手が届きそうなのである。ほらあの星まで、と歌うあつこおねえさんの瞳は輝いており、高く伸ばしたおねえさんの手が自分にまで届くかと思ったほど、胸を打たれた。仕事を辞めることの不安、後戻りができない不安、金銭的な不安、会社の人からの不評への不安、辞めた後の生活への不安、それらすべてをぶっ飛ばす「ばね」であるぼよよん行進曲を繰り返し聞き、テレビと一緒に歌い踊るという幼児返りをカマし、ついには歌いながら号泣していた。自分で書いておいて何だが、ただの不審者の姿をした妖怪でしかない。誰かがその様子を見たら警察を呼ぶくらいの奇行だが、おにいさんおねえさんたちが応援してくれる気がして少し前向きになれた。

いよいよ決戦当日、水曜になる。
その日はリモートでも出勤したほうがいいのか?と代行業者に聞くと「休んでいいし、休む連絡もしなくていい。」とのことだったので、始業時間を過ぎても社用のPCは立ち上げず、Bにはいつも始業時と終業時に連絡をしていたが、それもしなかった。ずっとベッドに横になっていた。横になっていても頭が痛いし動悸が激しい。心なしか喉も乾いている。
前日に打ち合わせし、説明して貰った通りだとすると、始業後にBへ連絡が行き、退職の旨を伝える。会社が承諾すればそのまま手続きとなる。万が一本人と話したいだとか、何かしらゴネられた場合はその交渉もすべて業者がやってくれることになっている。
Bもジャイアンも社長も、自分に対して何の思い入れもないことはわかっているし、むしろ給料泥棒くらいに思っているはずだから、多分ゴネるとかはないんじゃないかと思う。しかし、とっくに9時は過ぎているが、業者からは何の音沙汰もない。それどころか、無断欠勤となっている自分にBからの連絡もない。
こういう状態で、人間はだいたい悪い方にしか想像しない。退職代行を使っていることがバレて電話がかかってきたらどうしよう、自宅の住所はバレているし、家まで来られたらどうしよう。辞められなかったらどうしよう。
自分ごときの人間にあの邪悪の存在*3がわざわざお礼参りにくるはずがない。今ならそう思うのだが、当時はパニックで冷静になれなかった。

始業時間から3時間ほど経った昼前にようやく業者から連絡が来る。退職意向は伝え、受諾された。先方から送られてくる書類に記入すれば終わりだそうだ。

思っていたよりもずっとあっけなかった。本当に一瞬で、知らない間に終わってしまった。

例えばめちゃくちゃ苦しい受験期間が終わったときみたいに、心から晴れやかな気持ちとか、単純に嬉しいとか、飛び跳ねたくなるような、そういう高揚はなかった。ただ、あっけないな、と思ったのみだった。
自分にとって、ジャイアンもBもたまにしか接さない社長も、人間の常識が通用しない獣だと思っていた。自分に対して未練などなかろうが、顔に泥を塗る、思い通りにいかない、迷惑をかけ続ける奴だと判断されたら胃に穴が開いて血反吐を吐いても、辞めるまでもずっとネチネチと物理的ではない暴力を振るわれていたと思う。
そんな邪悪物質が暴言の一言もなく退職を受諾したと聞き、「一応人間界のルールとか法律とかそういうのは守るんだ」とちょっとびっくりした。

やっと終わった、とひとまず友人へ結果を報告する。気持ちは24時間テレビの100kmマラソンのランナーである。息も絶え絶え、どうにか脚を動かし、意地と矜持だけで走ってきた。そんな日々がようやく終わった。本当にあっけなかった。あんなに気持ち悪くてモラルがなくて、筆舌に尽くしがたい、人間の所業とは思えないほどの数々のハラスメントだったが、終わるときは本当に一瞬だった。きっと自分から辞めるなんて言ったら、辞めてもいいけど、と前置きして好き勝手言われていたような気がする。

これからは自由だ。とりあえず次の仕事を探そう。
もう少人数で世代が若い体育会系はこりごりだった。

退職後の手続きでまた微妙にナメた真似をされたが、それは後日別途のヤバエピソードにまとめることにする。


退職手続きまでは終わったが、ものすごくさらっと終わったので別途業者の選び方とか費用感とかそういうものもどこかでまとめるつもりです。
あとヤバエピソード集も、記事を書いていたらあれもこれも、とあふれ出てきて止まらなかったのでエピソードだけ集めることにした。
世界は広いなあ、こんなに常識が通用しない人間がいるんだなあ、と思えるのではと思いますので、またご贔屓にお願いします。


数年前に実家から送られてきた缶詰に手を付け始めました。昨日の昼ごはんはパイナップル缶でした。ちなみに携帯は今止まっています。
皆さんのご支援を賜りますよう、お願い申し上げます。
醬油ごはんって割とおいしい

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