灰色ジゼル II

母の質問から半年後、家の取り壊しが決まった。

この頃、完全に心を閉ざした私は特に深い意味を考える事もなく

「そっか」

どこか上の空で
他人事の様に事の成り行きを見守った。

11年過ごしたお城には何一つ愛着もなく
離れるのが寂しいほど心を許した友達もいない

涙ひとつ出なかった

どうしてこうなったのか詳しくは知らないが金銭的な問題である事は明らかだった

取り壊しの前に、灰色のコンクリートが並ぶ団地に
引っ越したからだ。

大きなお城の大量の荷物が入りきるはずも無く
数ヶ月前から荷造りが始まった

大切だ、と思えるのは大好きなジャニーズのお気に入りくんの切り抜きくらいで他は何もいらなかった。

昔、祖母が作ってくれた毎日一緒に寝ていたあの
大きな女の子の人形は迷わずゴミ袋にしまった

一家の大惨事に、私は少しだけワクワクしていた。

新たな生活に期待していた訳では無い

この酷い状況があまりに哀れで
こんな家族にお似合いだと思って、どこまでも他人事の様だった。

土曜日の午後、一人で二階の押し入れを漁っていたら小さな桐箱を見つけた

蓋をあけると、見た事ない気持ち悪い物が入っていた

ごちゃごちゃした物とは別に、大切そうにしまわれていたそれをなんとなく捨ててはいけない気がして
そっと横によけた

母と私を繋いでいた、へその緒だった。

今では視界にまるで入っていない私も、以前は大層
大切にされていたのだろう

幼少期のアルバムは母と私の笑顔であふれていたし
父も祖母も弟もシャム猫のブチも皆幸せそうで

目が眩んだ

アルバムの写真のそれは
どこにでもある、暖かい普通の家族だった。

見れば見るほど腹が立って、壁に穴があくまで夢中で蹴った

どうせ取り壊してしまうのだから良いだろう

どうせ壊れた家族じゃないか

壊れる壁とじんじんする脚の痛みが快楽に変わった頃、父と同じ血が流れてるのを感じて直ぐに止めた

違う、私は父とは違う――

気を取り直し作業を進めていると、今度は手紙を見つけた

母が父に書いた手紙だった

【ごめんなさい、あなたが他の女の人といるのを見てしまったの、旅行に行った写真を見てしまった、追跡した、私が悪いの、寂しかった、やり直したい】

私の知ってる母ではない

女である母を初めて知った私は、何ともいえない気分だった

幼い私には全ては理解出来なかったが、母が父を好きである事はよく分かった。

今思えば、この頃の母と同じ行動を恋人にとった事もあぁやはり血筋なんだなと笑える

「パパとママ、どっちと暮らしたい?」

そんな風に聞いたくせに、離婚もせず団地までご同行だ

どんなに父を憎んでいても
その頃の私は離婚がどんな事か上手く想像すらできずとても怖い事の様に感じていたので少し安心していた

寂しいとか悲しいではなく、怖かったのだ。

母が良いなら何でもいいや

あの質問については何も聞かなかった――

灰色コンクリートでの生活は思いの外、快適だった

父と母がどのようにして大惨事を乗り越え
一緒にいるかは知らないが表面上平穏な日々で

だだっ広い部屋も階段も二階もない狭い室内は
空気が少し暖かくて、夕食を肩寄せあって食べる様は

どうみても普通の家族だ。

貧乏になったのに、大きな家具も何も無いのに

あのお城より居心地が良くて、私は団地が好きになった。

同級生から家を失って貧乏で可哀想な転校生
そんな風に同情の目で見られようが全然へいきだった。

隣の家の声が聞こえたり、夕食時になると
いろんな家庭の献立が入り交じるいい匂いがする
ベランダも全てが新鮮で

ひそかに憧れていた鍵っ子にもなれて満足していた

団地内には学童という施設があった

共働きの両親が多いので、その子供達が学校帰りに寄って勉強をする場所......

そこは想像の上を行く治安の悪さだった

取っ組み合いの喧嘩は日常、小学生でタバコを吸ってる子もいた

真面目で、家に帰るとお絵描きばかりしていた私は
一気に不安になった

前の地域では比較的穏やかなお嬢様が多くて
言葉遣いも綺麗だったので異星人を見てる気分だ

いくら合わせ上手とはいえ馴染みたくない......

様子を見ながら隅っこで絵を描いたり、ジャニーズの切り抜きをノートに貼ったりしていたら女の子が近寄ってきた

「絵、可愛いね!私もジャニーズ好き!」

ふりふりのお洋服にピンクのハートのポシェット
まん丸い大きな目にフサフサまつ毛
くるくるした天然パーマにリボンのカチューシャ

前の学校にも可愛い子は何人かいたけど、また違う
テレビで見た事あるような芸能人みたいな外国人のような可愛い女の子だった

しばらく見惚れていると

「転校生だよね?私、カナコ!宜しくね」

体操着かヨレヨレのTシャツ姿の子供達の中で
カナコは一際目立っていて、周囲から浮いていた

ロリータファッションに身を包み、ひとりぼっちなのに堂々としてる姿が印象的だった

「......私ユウカ、宜しくね」

この日からカナコが初めての親友になった。

春からは同じクラスになり、学校でも終わってからもいつも二人で行動した

アニメ、漫画、ジャニーズ 趣味が同じ事もあり
私達はすぐに意気投合し、いくら時間があっても足りず帰ってからも毎日の様に長電話をしていた。

カナコのお家は団地でなく、この地域で有名なお金持ちの家で団地の傍にある大きなお家の本物のお嬢様だと知った。

外国人に見えたのは母がロシア人でハーフだったからだ

そんな家柄なのもあってか、この頃はハーフの子が珍らしく子供達の差別もあったのか、個性的なファッションで本人はしれっと堂々としている姿が鼻についたのか真相は分からないが周囲に馴染めず、一人で行動する事が多かったらしい

「ユウカと仲良くなれて、本当に嬉しい」

彼女はそう言って、流行りのレターセットに描かれてる外国の赤ちゃんの様な天使みたい顔で笑った。

それから、どんな時も二人で過ごした。

服に無頓着だった私がオシャレに目覚めたのも
カナコの影響だった

彼女の家には数多くのファッション雑誌があり
見るのも初めてで遊びに行く度に読み耽った

年の離れた姉が東京でモデルをしていると聞いて
半信半疑でいると姉が載ってる雑誌を見せてくれた

本物だ......

彼女の言葉に嘘や虚言はひとつもなくて
見たことない新しい世界を沢山教えてくれた

長年バレエを習っていると知り、発表会に招待された

演目は「ジゼル」

勿論、主役は彼女だ。

バレエの知識も無く、何もかも初めてだったけど
親友の晴れ舞台だ

母に新しい洋服が欲しいとねだったが、却下された

「主役はあの子なんだから、何でもいいじゃない」

分かっている。

でもオシャレな彼女の親友なのだ......

仕方なく、いつも着ているダボダボの紺色のジャンパーを着て、二人でコツコツ編んだ薄ピンクのモヘヤのマフラーをして会場へ向かった。

少ないお小遣いを貯めて買った、カナコに似合いそうなカラフルなお花を抱えて――

舞台で可憐に舞う彼女は本当に綺麗で、お化粧も
バレリーナのフワフワのスカートやサテンのトゥーシューズもよく似合っていた。

ふと小さな違和感を感じ胸がチクチクした

私は、初めて彼女に嫉妬した。

どうして私と彼女はこんなにも違うのか......

急に隣に並ぶ事が恥ずかしくなり、モジモジしていると私を見つけたカナコが大きく手を振り駆け寄ってきた

「ユウカ!来てくれてありがとう!どうだった?!」

満面の笑みで、誇らしく堂々と立つ彼女の目を見れず

「......すごく良かったよ」

小さな声で顔も見れないでいると、私のマフラーを
両手で広げ顔を近づけて

「ユウカにはこの色がやっぱり似合うね!
ユウカは私の大好きなモデルに似てて、儚げですっごく可愛い」

そう言って笑う彼女の目に、嘘の色はなかった。

すごく太ってるし、全然可愛いくなんかない......

以前なら褒めてくる相手の目の中に嘘をみつけて
見下されてる、そう感じていたのに

カナコの言葉だけは、すんなり信じる事ができて
彼女に褒められる事がすごく嬉しかった。

「私達、なんか双子みたいじゃない?」

そんな風に思ってくれる事で、初めて誰かに受け入れてもらえたと感じて自分が少しだけ好きになれた。

それから、彼女の母親と三人で東京の姉を訪ね
ジャニーズショップに原宿、フランス料理を食べ
夢みたい時間を過ごした。

帰りにMILKというブランドのお店に入った

店内は全部可愛いくて、雑誌でみたような服が
沢山並んでいた。

ジャニーズの写真を買うだけでお金が底をついた私はカナコが買い物をするのを見ていた

着せ替えられた彼女は、何を着てもお人形の様にかわいくて惚れ惚れした。

どの服も彼女によく似合い
どの服も値札を見ると数万円で小学生の私には想像もできないほど高かった

「ユウカちゃんにも何か買ってあげる!」

余程物欲しそうに見ていたのか、カナコの母にそう言われ慌てて首を振ると

じゃあ、と言ってカナコとお揃いのバックと靴下を買ってくれた。

こんな素敵な物初めて持った!!

嬉しくて帰ってから何度も鏡の前であわせると
幸福感に包まれ、しばらく夢から醒めないでいた。

団地に引っ越して、本当に来て良かった。

家族にも自分にも不満は沢山あっても、私には
カナコがいる

彼女がいる、それだけで毎日が楽しくて
初めて他人に正直になり取り繕うことも無く自己が形成されてく様に感じた。

そう感じていたのに......

私がこんな人生を歩む羽目になった全ての原点は彼女だったのかもしれない

どんな時も、あの頃の彼女の顔が浮かぶ

天使の様な顔をした、カナコ

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