煙草と羽衣

永遠に続く悪夢などない

声を失くし、一日が一年の様に長く感じた日々にも
終わりがきた

学年が一つ上がり、クラス替えにより運良くカナコと別のクラスになった。

だからと言って、また誰かを信用する気も取り繕って仲良くする気も起きず相変わらず下を向いたまま
静かに新学期を迎えた

デブ、ブタ、と罵られるだけあり145センチで63キロあった体重も、ご飯の味を失ってから50キロまで落ちていた

軽くなった身体と気持ちで少しだけ表情が和らいだのか、下を向いていてもクラスメイトから話かけられる事が増えた

吃りながらも、極力明るく接した

完全無視の一年を思えば奇跡であり、誰かとなんて事のない会話する喜びを久しぶりに感じた

特に前の席のミヤコちゃんが、哀れみ深きマリア様のように優しく接してくれる

しゃんと伸びた背筋、シワのない制服、ストレートの長い髪を一つに結き動く度にシャンプーに匂いがする

しばらく観察していると、彼女はこのクラスの委員長であり学年一の才色兼備の美少女と噂されていた

前の学校のマイコ、この二人が学年ツートップらしい

可愛い子ランキング

総合的に票を集め不動の一位はミヤコだった。

一年生の頃から成績は学年トップ、バスケ部のリーダー、スラリと伸びた手足、小さな顔にバランス良く綺麗に整った小ぶりなパーツ

ポカリのCMにでも出てそうな爽やかさで、頭一つ抜出る完璧な美少女だった。

カナコもハーフで人形の様な容姿だったけど、少し意地悪そうな感じが好き嫌い分かれるタイプだった

無論、美しいと思っていた顔立ちも私からしたら
今や歪んだ醜い悪魔にしか見えない

成り行きで、ポカリのCMの様な彼女の仲良しグループの一員となった。

この年頃の女子は、必ず何グループかに分かれている

とにかく最初に誰と絡むかが肝心らしい

席が後ろというだけで、慈悲の女神の恩恵を受け
何とも水色が似合う爽やかグループに配属された

去年の私が見たら、さぞかし驚くであろう状況だ......

女神の周りは、爽やかさんで固められていて分け隔てなく人に優しく誰からも好かれる子達ばかり

私含め、休み時間や移動教室は四人で行動していた

昨日何食べた?テレビ何見た?
日常の些細な報告や穏やかな会話......

誰も信用しない!と鋼の心で新学期を迎えたのに
たわいない会話で笑う、何とも居心地の良い環境に
また周りに合わせる癖が顔を出した。

嫌われたくない......

母に無理を言って、家庭教師をつけてもらい一学期の期末試験では学年で150人中35位まで順位を上げた

文字が頭に入らず、下から数えた方が早かった私からしたら死に物狂いで頑張った結果だった

こんなに全力で頑張っても35位......

ミヤコの頭の良さには、どんなに頑張っても追いつけない

無理して必死にではなく、そつなくサラリと全てをこなす彼女が羨ましい。

そして、そんな妬ましい要素しかない彼女の悪口を誰一人として言わないのは彼女は本物だからである

付け入る隙もなく、全てが完璧だった

こんな醜い私を同情の目でみるでも無く、同等に
まるで同じレベルの人間かの様に接してくれる

誰がどう見ても不釣り合いで、雲泥の差であるにも関わらず......

少しでも彼女に近付きたくて、今度は容姿を気にする様になった

彼女みたいになるのは無理でも、せめて並んでミヤコが恥をかかない様になりたい......

その日から、少しづつ戻っていた味覚もまた味を失い拒食が加速した

デブだけは努力でどうにかなるはず......

給食以外は水しか口にせず、給食もちびちび食べて残した

いざ食べないと決めると反動でいらぬ食欲が顔を出す

朝、家族が食パンにチーズを乗せマーガリンをタップリ塗って頬張るのを横目にゴクリと唾を飲む

「ダイエットもいいけど、少しは食べなさい」

物欲しそうな顔をしていたのか、母は私にチーズパンを差し出した

食べちゃダメだ......一口ならいいか......

本来は大食いである故に、一口じゃおさまらず追加で2枚焼いて貪った

計三枚完食すると、ものすごい罪悪感が襲ってきた

この日から、食べてしまった後は必ず指を突っ込み無理矢理吐く事を覚えた

短期間で50キロあった体重は38キロまで落ちた

身体は軽くなり、人が変わった様に見違えた

母には迷惑かけたが、ぶかぶかで買い直したスカートをひとおりすると世界が違ってみえた

この時の興奮と喜びは今でも鮮明に覚えている。

もう指さされてデブと罵られる事もなく、ミヤコの隣に並んでも恥ずかしくはないはずだ

枯れきった目に、喜びの涙がたまった

この頃の写真を見るとミイラのように痩せこけていたが目には希望が宿っていた

勉強もダイエットも何かを死に物狂いで頑張ったのはこの頃が最初で最後だった。

ヨレヨレの身体でバスケ部に入部した

ダイエット目的で、運動音痴の私は試合ではベンチでひたすら声出しのみだったがミヤコもいるし放課後も楽しくなった

運動音痴の私に、ミヤコが爽やかな笑顔でこんな話を持ち掛けた

「今度のスキー合宿、夜のレクリエーションでダンスを披露しようと思うんだけど!四人で歌って踊ろう!」

ミヤコが提案したのは流行りの沖縄系ミュージシャンの曲で、キレキレのダンスに強い歌声だった

「無理だよ......踊った事ないし、歌も下手くそだから」

「大丈夫!私、全部振り覚えてるから!ちゃんと教えるし、来年同じクラスになれるか分からないでしょう?四人の思い出作りで何かやりたくて......」

何も人様の前で歌って踊らなくても思い出は作れそうなもんだが、女神の思考はどこまでもスターだった

そのミュージシャンは四人グループだし、どうしても私を入れたいのかもしれない.....

日曜日、沖縄系ミュージシャンになるべくミヤコの家に四人が集まった。

一通りビデオの歌番組を見終えたあと
「卒業がテーマだし、この曲がいいと思って!
踊りも簡単な方だし」

ミヤコはそう言った後、CDをカラオケモードにして流すと一曲まるまる歌って踊ってみせた

想像以上に、歌も踊りも汗までも完璧で
口をあけて見惚れてしまった

すぐに我に返った。いやいやいや......

いくらこのミュージシャンの曲の中では緩やかなダンスとはいえ、人前でキレキレに踊るなんて......

「大丈夫!完璧に教えるから」

上から目線でなく、優しく悪戯な笑顔で笑うミヤコに全員が虜になり思わず首を縦にふってしまった

週末、ミヤコの家でダンス練習が始まった

歌うのは二人なのでミヤコと次に歌の上手い子が担当し、私は踊りを覚えるのみだ

フォーメーションがくるくる変わりついていけない時も、優しく手をとり教えてくれた

若い娘の青春そのもので、なんとも爽やかで笑顔と
ソーダの炭酸が似合う幸せな一時である

忘れもしない......
後にも先にも、こんなキラキラした汗を流したのは
この時だけなのだ。

ミヤコの上手な教えもあり、ダンス初心者の私達はみるみる上達し完璧な状態で本番を迎えた。

舞っても歌っても全て完璧なミヤコに、その場にいる全員が釘付けだった

同じステージに居ても、誰一人こちらを見ていない

当たり前だ

嫉妬とは違う、何とも言えない虚しさを覚えた

嫉妬する程同じレベルにいるとは思ってないので
剥き出しの競争心もなく、私の持つことのできない全てを持つミヤコを少しだけ羨んだ

「大成功だったね!!」

眩しい彼女の笑顔は、小さな僻みをも吹き飛ばし
清らかな空気が流れた

天女の様に特別に美しい、慈悲の女神

その夜、興奮してなかなか寝付けなかった

一年前からは想像も出来ないような環境にいる

声を出せて、笑い合う友達がいて、ほっそり痩せて女神グループの一員として誰も私を見てなかろうと
人前でダンスまでしたのだ

幸せだ......

本当に......?

成績を保つ為にとにかく必死で寝る間も惜しんで勉強漬け、体重を保つ為にリバースの毎日

どんなに足掻いても、ミヤコのようにはなれない現実

誰がみても爽やかな日常を過ごしながら
少しづつ黒い感情が芽を出していた

皆、心の底では必死な私を嘲笑いバカにしてるかも

どうせ何をしてもダメな奴とまた急に世界が真っ暗になるかもしれない

あの時みたく、また裏切られるかも......

そう思う度、いつからかまた仮面をかぶっていた

どこかいつも自分を俯瞰していて、地に足がつかず
私はいつまでも透明人間のままだった。

ミヤコは最後まで絶対に人を蔑んだりしない、完璧な美少女だった

将来を語り合った時

「私、薬剤師になるの」

しっかり将来を見据え、完璧な容姿に甘んじる事もなくどこまでも堅実で、非の打ちどころのない少女

どこまでもダメで醜い私は、彼女の目に映る事さえ恥ずかしいと思っていた

三学期の修了式が終わると、四人で沢山写真を撮り

「これからも、ずっと仲良しでいようね!」

そう約束した

この約束は、果たされていない。

修了式の少し前、特別な出逢いがあった

食べてないせいか、いつも体調が悪く保健室常連になっていた私は顔パスで保健室に入り浸っていた。

体調が悪くない日も、気分が落ち込むと保健室へ

いわゆるサボりである。

先生が外出するのを見計らって、外をフラフラ歩いては現実逃避をしたり考え事をしていた

皆が授業中に抜け出す事は、何ともいえない背徳感があり心が落ち着く

フラフラ歩いてると、校舎裏のベンチで誰か寝ていた

恐る恐る近寄ると
他校の制服で、金髪にパンツが見えそうな程短いスカー、わざと破った安全ピン付きのボロボロのジャージ

いわゆるヤンキーの類いだ

私はここまでのヤンキーを間近で見たのは初めてだった

まじまじ観察してると、ヤンキーがむくっと起きた

「ひっ......」

思わず声が出てしまった

ツリ目で目付きが悪く、猫の様な顔立ちで
紫の口紅にピアスだらけ、腕には丸い火傷の様な後が沢山あった

長い前髪を掻き分けながら、けだるく声をかけてきた

「ライターある?」

驚くほどのハスキーボイス

持ってる訳がない......しかし持ってないと言おうものなら殺されそうな顔している......

「今は持ってない!!」

我ながら幼稚な嘘を堂々とついた

「へぇ......あ、バイクにあるわ
アンタも吸う?」

「あ、うん......」

勿論、吸った事もない

何故かこのヤンキーとバイクまで一緒に行く羽目になった

「真面目そうだけど、サボってんの?意外だねぇ」

猫のような彼女の笑顔はあどけなくて、片方だけある八重歯がより一層幼く見せた

「まぁ、たまに」

ヤンキーに合わせるしかない恐怖と何か怖いもの見たさで、また嘘をついた

煙草に火をつけると、吸い込む前にゲホゲホと大きくむせてしまった

初めて吸うとむせる事すら知らなかったのだ

「アハハ!!いいねぇ......面白い」

よく分からないが、お気に召した様でホッとした。

その後、ヤンキーに乗せられ初めてバイクの後ろに
またがった

2ケツと言うらしく、初対面の彼女の細い腰に手をまわすのは何となく気恥しかった

「しゃー!!お嬢さんどこ行きたい?!」

「どっか遠くまでー!」

こんな、男みたいな喋り方する女の子を初めて見た

バイクで走るのも初めてだ

特別な事をするドキドキと高揚感が抑えきれず、
不思議と恐怖は無くなっていた。

彼女は三年からこの学校に転校してくるらしい

元の中学は、地元では有名なヤンキーの集まる学校だった

「これから、仲良くしようね!」

などという約束もなく
「じゃ」

さっきまでの逃避行が嘘のように、呆気なくバイバイした

バイクで走りながら、羽衣を着て空を飛んでるみたいにフワフワした気分で初めて自由を手に入れた様な
不思議な気分になった

彼女との出逢で、何かが変わる予感がしていた

こうして私の短い爽やか優等生ユウカちゃんは
幕を下ろした

#エッセイ
#小説
#創作
#連続小説
#自伝的小説
#ミスID2020
#ミスID

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?