手かざしの先にあるもの

毎週土曜日、道場と呼ばれる場所に父を除いた家族で通うのが日課になった。

これがいわゆる宗教である事に気が付いたのは随分先の話である

3日間の魂の洗礼とよばれる研修に参加しはれて私は、信者になった

周りを見渡すと、そこには張り付いお手本の様な笑顔の大人がたくさんいて居心地の悪さを感じた

エントランスで靴を揃えていると目の前にパンが二つ並んでいた

【手かざしをしたパンは腐らない】

そこには、カビの生えたパンと普通のパンが置かれていた

どうやら手かざしをしたパンは何らかの魔力により
腐らないらしい

半信半疑で見ていると、後ろから知らない人に声をかけられた

「気持ちを込めて手かざししたら、どんな病気も治るのよ」

はぁ.....

嘘つけ!と今にも口から出そうになったので

「そうなんですね」

とニッコリ笑い返すと、満足そうに立ち去った。

その瞬間子供ながら此処がどのような場所であるか
なんとなく悟った

遠くから合唱が聞こえたので声がする方に向かうと
お揃いの緑のブレザーにベレー帽を被った子供達が
真っ直ぐな歌声を披露していた。

喉が詰まるような違和感を感じて
逃げ出したい衝動にかられてるのに身体が硬直し
立ち止まっていると突然肩を叩かれた

「あら、あなたも参加する?」

知らないオバさんの微笑みに背筋が凍った

見た瞬間、こうなる予感がしていたのだ

「私は......恥ずかしいので」

照れてる風に装い、何とかその場をしのいだ

冗談じゃない

あんなバカみたい事、絶対にお断りだ!!

子供達の真っ直ぐなキラキラした瞳と澄んだ歌声に
吐き気がした

私は一体何をしてるのだろう――

今すぐ帰りたい

帰ってジャニーズJrのお気に入りくんを眺めてる方がここで過ごす一秒より余程幸せになれると確信した

少しくらい駄々こねたっていいじゃないか
私はまだ子供のカテゴリにいるのだから

嫌気がさし今日こそ駄々こねると決心した私は
母と弟、祖母のいる祈り部屋へ向かった

大勢の大人が正座し、呪文を唱える声が響き渡る中
母達を見つけた

手を合わせ涙を流しながら真摯に祈る母の横顔をみて
言葉を失った

彼女は、祈らずには生きれないのだ――

彼女の視界にすら入ってない私の陳腐な慰めはきっと届かない

道場の中で母が一番美しく、神のように思えた

台所で、お風呂場で、車で
時折遠くを見ながら静かに涙する母を幾度となく見てきた

それは生きる気力を失ってる様な、力ない涙だった

そんな母が毎週土曜日の行事を始めて以来
何かを信じ、穏やかで前向きな涙を流しているのだ

ここにいる人達を否定している訳ではないが
私は心底馬鹿みたい、と思っている。

神なんかいるもんか


神も言霊も全部嘘っぱちじゃないか!!!

そんなのいたら、はなから母が苦しむ事もなく
そのパンだってカビないだろう

なぜ神にお布施をしてまで祈るのか、理解に苦しむ

正座は辛いし、呪文は眠くなるだけだ

その心理はお気に入りくんの写真や雑誌を買う心理と同じなのだろうか......

崇める気持ちとお金の等価交換なんだろうか......

雑念は胸の中にそっとしまい
毎週土曜日には手をかざし呪文を唱え続けた

そんな事で母が喜ぶなら安いもんだ。

寒気のする聖歌隊にも入り、お揃いの服を着て大人達が喜ぶような笑顔で歌った

あまりにも退屈なので、手をかざす数分間と歌っている間はお気に入りの男の子や美味しい食べ物を想像して気を紛らわした

知らない人の訳の分からない念をもらうと
帰り支度をする頃にはどっと疲れ果てていた

どんなに通っても荒みきった私に神が降りてくる事はなかったが、母はみるみる元気になった

顔を上げ、言動も前向きで強くなり
こっそり涙する姿を見なくなった事だけでもここに
通う価値はあると感じた。

ある朝、あまりの腹痛に飛び起きた。
急いでトイレに行き下着を下ろすと真っ赤に染まっていた

初潮をむかえた.....

私は小学四年生だった。

知識はぼんやりあったが、恐らく周りにきた子は誰もいない

自分の身体から流れる血を見て急に怖くなった

いち早く祖母に告げると、嬉しそうに赤飯を炊きはじめた

嬉しくない......

今後プールの授業に出れない理由を探しはじめた矢先
冷や汗が出て、立てない程の痛みが襲ってきた

生まれて初めて痛みで鎮痛剤を飲んだのも
真面目に皆勤賞だった私が初めて学校を休んだのも
この日である

鎮痛剤が全く効かず、のたうち回る様な痛みが続いた

ちゃぶ台の脚をギュッと握っても、足にグッと力を入れても言葉にならない痛みで気を失いそうになる

神様.....助けて下さい......

あんなにバカにしてきた神に祈る羽目になった

何にすがってでも、この痛みから解放されたい一心で
心の底から神に祈った

見兼ねた祖母が、お腹をさすると呪文を唱え呑気に
手かざしを始めた

いや無理だよ......そんなの効くわけ無いんだから.....
全部嘘っぱちなんだよ.....

朦朧とする意識の中でも尚、私は神を信じてなかった

されるがまま手かざしをうけていたら
祖母の手から確実に何かが送られてきてるのを感じた

お腹がじんわりと暖かくなり不思議なまでに徐々に
痛みが和らいでいった

数年通っても何一つ感じなかった私が
初めて、手かざしの力を感じた瞬間だ

今思えば、普通に鎮痛剤が効いてきたからだろうと
思うけれど。

「ばーちゃん、手かざしして」

この事があってから、たいして痛くない時にも祖母に甘え痛いから治して!と何度もお願いした。

コースにもよるが最短でも10分かかるこの面倒臭い儀式を祖母は嫌な顔ひとつせず全力で私に気を送ってくれていた

その後、気づいたら土曜日に道場に通う事は無くなっていた。

いくら神に祈っても現実は何も変わらない事実に
恐らく母は気付いてしまったのだろう......

お布施を払い信じている方が楽で、まだ救いがあったのではと思うと一緒に神を信じる事ができなかった
自分を少し悔やむ。

まやかしであると思いながら、幼い私は同調する事で精一杯だったのだ

信じる人をバカにしてる訳では無い。

むしろそこにいたのは汚い心や皮肉とは無縁の
穏やかで優しい人ばかりで、皆揃って綺麗な目をしていた。

真っ直ぐに信じ、清い心でいれる彼等が羨ましかった

まやかしであろうがなかろうが
誰もが誰かの幸せを祈る、神聖な場所であったのは
間違えない。

手かざしの先にあったのは、神の力なんかじゃない

ただの愛だ


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