メリバの醜い人魚姫II

あの日から、世界が真っ暗になった

通い慣れた通学路は果てしなく長く感じ、歩いている感覚すら分からない

どこを歩く時も背中を丸め下を向き、なるべく端っこを歩いた。

「全員無視ね!」

女王様の命令通り、私は誰からも話しかけられず
空気の様にただ席に座っていた。

ノートの端を破きぐしゃぐしゃに丸めた紙がいくつも机に置かれ
【死ぬ、デブ、ブス、出っ歯、菌、居るだけで気持ち悪い】色んな言葉が、黒いマジックで大きく書かれていた

指をさされ、大きく笑われ

背中を向けられ、ヒソヒソ笑われ

私物が無くなったり、上履き捨てられたり、暴言をこれでもかという程浴びたり......

メディアで取り上げられる様な、よくある昭和の古典的なイジメだった。

暴力や、ライターで炙られたりはしなかったのでまだ御の字である

まだぎりぎり携帯を持たない世代でSNSが普及してないのが救いでもあり、同時に吐き出す場所がひとつもなく逃げ場もなかった

言葉の暴力ほど、姑息で精神を蝕むものはない

学校でも声を発する事の無い私は、唇が乾いてくっつき二度と開かない錯覚に襲われ、授業で先生にさされた時はすぐに声が出ずに吃音気味になった。

「誰か、たすけて」

喉まで出かかる言葉を、親にも先生にも言えずに
飲み込んだ

家族の中で私は、すでに透明だったから

毎日真っ直ぐ帰宅しても、どんなに暗い顔して帰っても、気づいてほしくてカナコの為に描いた漫画をビリビリに破り、大きく【死ね死ね死ね死ね死ね死ね】と書いた紙を部屋にこれみよがしに置いてみても

誰も私の変化に気づかなかった。

せめて母だけには聞いてほしかったが、母を
これ以上煩わせる訳にはいかない......

先生に言えなかったのは、どんなに目で訴えても
気まずそうに目を逸らされていたから

あまりに酷く目に付く様な時に軽く注意する程度で、私は先生からも無視されていた

あの頃、先生は先生という生き物だと思っていたが
今思えば生活の為で、ただの仕事だったのだろう。

大人数を敵にする事を面倒に思い、関わる事を
先生も恐れていたのかもしれない

私は大丈夫

気丈に振る舞い、そんな態度を貫いていた。

染みついた良い子仮面が先生の役に立った

泣きも喚きもせず無表情でいる私をいじるのに飽きた
彼等はもう笑いもせず、数ヶ月も経つと完全無視に
変わっていた。

暴言を浴びていた方がマシに感じるくらい
存在を無視される事は、息苦しかった

授業中、休み時間はまだいい

黙っていても机にうつ伏せで寝ていても不自然ではない

給食、移動教室、体育、音楽の時が一番辛い

「余ってる人を入れてあげて下さい」

先生に指示で仕方なくまぜてもらっても、周りの嫌そうな態度に押し潰される

ご飯は、なんの味もしない

はしゃぎながら並んで歩く楽しそうな笑い声を遠くに聞きながら渡る長い渡り廊下

学校行事は、体調不良を訴え保健室か隅っこで下を向いてやり過ごした

それでも、一度も休まなかった。

酷い言葉や無視により逃げる事は、許されなかった

自分を恥じて逃げた瞬間、二度と立てずに
全て終わる気がした

虚勢を張る事がギリギリのプライドだった。

家にも、学校にも居場所が無くなった私は
この世に存在しない透明人間だ

漫画にもジャニーズにも好きな人にも
全てに興味を失い、からっぽになった

せめて勉強だけは......

一人だけど、成績優秀

それだけでもあれば未来に少しは希望を抱けたかもしれない

しかし、いくら教科書を開いても文字が宙を舞って頭に入ってこない

誰とも話さないのだ、勉強する時間だけは無限にあったのに成績は下から数えた方が早かった。

私には、何もない......

息を殺して、一日をやり過ごす為に生きていた

神も人間も自分すら信じれない私は、何を信じて息すれば良かったのでしょうか

それでもただ生きるしかない事に、絶望していた――

帰り道、不気味な微笑みで近付いて話かけて来るおばさんと出逢った。

何度か挨拶するうちに何かを悟られたのか聖書らしき物を渡され、何か難しい言葉をいくつか並べた後
「神の御加護を」

そう言って帽子を目深に被りにこやかに立ち去った

見ず知らずの人に同情される程ひどい顔をしていたのだろうか......

さすがに捨てるのも罰当たりで気が引けたので持ち帰り、なんとなく流し読みしてみたら【メリバの水】に目が止まった

乾きの中で不満をたれ神を試すような民の気持ちや
モーセの板挟みで積もりにつもった怒りは
私の中にある悲痛な叫びの様だった

今日も、教室の真ん中からカナコの高笑いが聞こえる

あんなに愛しかった声も天使の様な笑顔も
醜く歪み、どす黒い怪物の様に見えた

メリバの醜い人魚姫は、泡となり消え
醜い私は、絶望と引き換えに声を失った。

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