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短編小説

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朗読イベント用に書き下ろした短編小説をまとめました。時間の目安は30分ほどです。
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記事一覧

【短編小説】ぼんやりボーイと強気ガール

【短編小説】ぼんやりボーイと強気ガール

 なんで僕、こんなに怒られてるんだろう。駅に向かう桜並木を彼女と歩きながら、ぼんやり考えていた。まだ桜は咲いていないけど、吹いてくる風からどことなく春を感じる。
 ほのかはいっつも怒ってる。ちょっとしたことでキーキー言ってる。たしかに僕は他の人に比べたら、ぼーっとしてると思うけど。あそこまでイライラしてたら、疲れちゃうんじゃないかな。

「ねぇ、北川くん、聞いてる!?」

「ごめんごめん、なんだっ

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【短編小説】桜並木とブランコ

サキ「ゆか、ごめんね、待った?」

ゆか「全然、久しぶりだねー。サキは受験お疲れ! 合格おめでとう! 春休み、休めてる?」

サキ「3年分の教科書とかね、片づけようと思ってるんだけど、なかなか」

ゆか「そうだよね、分量もあるし。ねぇねぇ、見た? さっきのカップル」

サキ「見た! 女の子、めちゃくちゃ怒ってたね」

ゆか「いやー、彼氏とのテンションの差よ。同い年くらいかなぁ付き合い始めなのかもね

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【短編小説】甘くないブラウニー

【短編小説】甘くないブラウニー

 目の前で痴話ゲンカが繰り広げられている。高校生とおぼしきカップルが、人目もはばからずに堂々とやりあっている。

 日曜日の昼下がり、待ち合わせのために駅前のベンチに座っていた。新学期までに準備するゼミの課題が終わらないことをSNSで嘆いていたら、ゼミ仲間の山崎がリプライしてきたのだった。
「先輩にもらった去年の資料あるけど、貸そっか?」
飛びつかないわけがない。その投稿に同じく群がってきた数名と

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【短編小説】龍の置きみやげ

【短編小説】龍の置きみやげ

 私の15歳の夏は、おばさんが住む田舎町への小さな冒険から始まった。つまんない塾の夏期講習を抜け出して、一人で電車に乗って一泊二日の小旅行。
 青春のすべてを賭けたバレー部を引退して、勉強なんてやる気のカケラもない私にとって、「こっちの夏祭り、家族みんなで遊びに来なさいよ」っていうおばさんの誘いは天国への切符みたいに思えた。
 両親二人が休みをそろえて取るのが難しいのはわかってた。私が一人で行くっ

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【短編小説】キャンディ・ピンク・メリーゴーラウンド

【短編小説】キャンディ・ピンク・メリーゴーラウンド

「おっかしいなぁ。こんなはずじゃなかったんだけど」

 真冬の寒空の下、まったく動く気配のない馬と目を合わせて、ため息をついた。

 瞬きをしないまま、くるんとカールされたまつげが私に主張してくる。

 カラフルなデコレーションに楽しそうなBGM。都会の遊園地の真ん中で、ハッピーな空気をふりまくメリーゴーラウンド。ようやく見れたのに、動いてないんじゃ意味ないよ。

 ぐるっとまわりを見回しても通り

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【短編小説】青の約束

【短編小説】青の約束

 遠くから誰かの声が聞こえた気がして、一太郎は舟を漕ぐ手を止めた。こんなところに誰かいるはずがない。

 朝焼けの広がる静かな海の上で、寄せては返す波に揺られていた。世界にたった一人だけのような静けさ。親に内緒で作った小さな小舟で、兄弟にも誰にも邪魔されずに過ごすこの時間が一太郎は好きだった。

 夏が近づき夜明けが早くなったのが嬉しくて、今日は早く海に出た。

 もう一度耳を澄ませるが何も聞こえ

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【短編小説】わたしたちのハッピー♡パレード

【短編小説】わたしたちのハッピー♡パレード

1、陽菜の決断

 もうダメだ。帰りたい。
 そもそもわたしは青色好きじゃないし。
 この寒空の下で、ヒーターもない吹きさらしのテントで早くも3時間。お気に入りだったヒラヒラレースにミニスカートの衣装も、こんな状態じゃただの罰ゲームだ。
 ダウンコートのポケットに両手を突っ込んだまま、震えながら小さく足踏みをする。散歩中のゴールデンレトリーバーの笑顔がうらやましくて、生まれ変わったら犬になるのもい

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【短編小説】ブルーウィンド・ブルーウェイブ

【短編小説】ブルーウィンド・ブルーウェイブ

 突然差してきた光がまぶしくて目をそらした。

 駅から海岸に向かう道の途中、大きな道路を渡るために地下通路を通ってみたら、通路を出て地上に出たときの明るさにびっくりした。

 風がびゅうっと吹いて、思わず手をコートのポケットに突っ込む。手袋をしてこればよかった。

 あ、潮の匂いがする。

 立ち止まって鼻をすんっとすすってから、思いきってマスクを外してみた。

 遮るものがない状態で大きく息を

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【短編小説】夜に手を伸ばす

【短編小説】夜に手を伸ばす

 夜は暗い。いつも真っ暗だ。

 私はいつだって夜が来るのが怖くて、だけど簡単に負けてやるもんかって意地を張って強がって、ずっとあの暗闇のことを正体不明の敵みたいに思ってた。

 しゃがみ込んで、目をつぶって耳をふさいで、真っ暗な世界でひたすら時間が過ぎるのを待っていた。

***

「ほら、ぼーっとしてないで、これ運んで!」

 星とか月とか宇宙とか、普段の私には縁のない天文関係の本ばかりが並

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