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【創作小説】見るに耐えない③ チョコレート

『つみたてジュ〜シー!あまおうたっぷりホイップパンケーキ!』
『板チョコ挟んだ焼き立て自家製デニッシュプレート!』
『チーズケーキにミルクレープ!1パウンドグラス特盛パフェ!』
『ベネズエラ産カカオニブ掛け!燃え沸ぎる真っ赤なナポリタン!』
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今日の喫茶店は、いつにも増して混んでいた。
そして店先に並んだ椅子に、腰掛ける二人組がいる。

長い黒髪の女は、表面フルカラーで印刷されたチラシを凝視している。
薄手の光沢紙には、パンケーキなどのデザートと共に、いちごやハート、リボンなどのシルエットが散りばめられ、軽快なキャッチコピーで華やかに読み手を煽っていた。
「こういうチラシ最高〜、ずっと見てられるわ。」

一方もう一人の女は、チョコレート色に染めたパーマをマフラーに埋めながら、じっと寒さに耐え忍んでいた。
晴天と裏腹に荒ぶ、冷たい風が吹いた拍子に、サクシャの重く伸び切った髪の毛が目の前を掠める。
「その髪、寒くない?体冷えそう。」
ヒョウカの問いかけにサクシャは少し考えるが、あーいやー、と否定した。
「短い方が寒そうかなって。これより切った事ないし。」
「そう。」

暖かな部屋と期間限定色とりどりの甘味。それが叶う場所が目と鼻の先にあるにも関わらず、こんな修行のような仕打ちを受けるなど、果たして割に合うのだろうか。

眉間に皺を寄せたまま、ヒョウカは微動だにせず尋ねる。
「今日も何か書いてきたの。」
チラシに浮かれていたサクシャだったが、その言葉にボルテージはとんと下がったようだ。
「途中まで書いたんだけど、まだ仕上がってない。」
続けて顔を脱力させ肩を窄めるような、残念そうな仕草を見せる。
「書き上がらないかもしれない。」

「ある程度書けている方が良いだろうけど、六割くらい書いたなら見るよ。」
「いや、今回のは本当に無理そう。書き続けられる気がしない。」
毎度々々、自信満々に書いたものを寄越してくるサクシャであったが、今日に限っては様子が違うようだ。いつぞやの「作品」をぐしゃぐしゃに丸めてしまった事を思い出す。どんなにけったいな作品でも、簡単に持参してくるので気に留めてなかったが、本人なりにこだわりはあるのかもしれない。
「まあそういう時もあるか。」

(じゃあ今日来る意味なかったのかも。)
隣人は、頑なにコートのポケットに両手をねじ込んだまま、地蔵の石と化している。
帰る?とサクシャが尋ねると、あー、まあ、とヒョウカは切り返した。
「タイムセールまだ時間あるから。」
それに、と店の入り口を一瞥して一言。「今すぐ暖かいレモンティーが飲みたい。」

寒さだけがしんみりと増していく。じっとしたままでは、本当に動けなくなってしまいそうだ。
「そういえばこの前、すごいの見た。」
何?とサクシャが尋ねると、少し視線を上げたヒョウカが、前を見据えて答えた。
「いちピース、二千円のケーキ。」
その言葉に訝しい顔をして聞き返す。「ワンホールじゃなくて?」「いちピース。」
こんなやつ、と言っておもむろにスマホを取り出すと、コムサカフェのウェブサイトを開いてみせた。
画面のケーキたちは、フルーツがぎっしりと隙間なくひしめき合い、さながら蓮の花、竜の鱗、シンの柿とばかりに土台が見えぬほどの様相をしている。
コムサってあのコムサか、やべーとか、食いてーなどと言い合うが、この椅子を立とうという素振りは、どちらも見せる事はない。

店の扉から気配と共に、真鍮性のドアチャイムが寒空に響く。
「お待たせしました二名さま〜。」

天使の誘い。このコーヒーはキリストの血か。

(終)

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次話▼


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