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【創作小説】見るに耐えない⑩ 氷華


花も恥じらううら若きこの頃、北入氷華はたいそう不満でした。
入ったばかりのこの中学校には新聞部が存在しなかったのです。

新入生歓迎を兼ねた部活案内で賑わう中、とある冊子が目に止まりました。
読めないギリシャ語のタイトルで単一色刷りの冊子は、ペンで一筆にガーゴイルが描かれた不思議な扉絵でした。

氷華は冊子を気に入り、そうして文芸部に入部したのです。

色々な話をたくさん書きました。
ジャンルなど問わず、ファンタジーもドキュメンタリーも、なんでも書きました。

二年中期に部長まで務めるようになると、部員たちにもかなり自由に書かせました。
宇宙人架空インタビューレポ、人気数学教師の生態と観察、トイレの花子ポエム、オチなし4コマなど、
文章があればなんでも良い、そんなスタンスでまとめた文芸部誌は
雑然としながらも活気に満ちた、良い冊子であると氷華も自負していました。

冊子は部外でも話題に上がりました。
購読を楽しみにしたファンがちらほらと出てきました。

西時明日羅もその一人でした。


明日羅は過去の部誌を読み耽りました。そして冊子にあった小説に感化され、自分でも書いてみたくなりました。
しかしその内容というのも、万引きをテーマにした作文でした。

およそ二千字で書き認められたその作文が、担任の教師の目に留まりました。
そして薦められるままにジュニアコンテストに応募すると、なんと入選したのです。

明日羅や教師は喜びました。そしてそれを実績に、高校への推薦を取る事ができました。

しかしこれが大きな問題となりました。


入選した作文は学校でも公開されましたが、一部の生徒たちにはその作文にどこか見覚えがあったのです。
それは、以前に氷華が文芸部誌で掲載していた創作とかなり酷似していました。

文芸部員や部誌の愛読者たちは抗議しました。これは盗作ではないのかと。
教師と生徒を交えた議論が続きましたが、教師側はこれは盗作とまでは言えない、という主張でした。
一人親の元育った彼女の為、推薦を手放させたくなかったのです。

そして根拠の一つとして、氷華の作品は完全な創作でしたが、
明日羅はほんの一度だけ、その罪を実際に犯したことのある経験者でした。
明日羅の書いた作文にはリアリティがあったのです。

これほどに部員たちが騒いでいる一方、当の氷華はずっと沈黙をしたままでした。

結局、盗作疑惑はうやむやにされてしまい不問となりました。
生徒たちからの冷たい視線や心ない言葉を受け続ける明日羅と、
何のアクションも起こさない氷華にやきもきする部員たちと、
誰も触れることの出来ない、気まずい空気が中学校を漂いました。

卒業を控えた夕暮れの放課後、廊下で渦中の二人が鉢合わせします。

しばらく沈黙が続きましたが、重い空気に耐えられず、明日羅は言い訳を喚きます。

溢れ出る言葉の中、その琴線に触れた氷華は明日羅に向かって
仁王拳、三合拳、天王拳を喰らわせます。

そしてやっと長い沈黙を破り、真っ直ぐ見据えた目で言うのです。


「どうせパクるんなら、私のより面白くしろよ。」






机に並んだカップとグラスは結露で水滴がしたたっている。
頼んだコーヒーが口に合わなかったわけでも、青汁だったわけでもないのに、ヒョウカは眉間に皺を寄せだいぶ苦々しい顔をしている。
上を向いたり下を見たり、首を捻ったかと思えばストレッチしていたり、首を掻いてみたり。
そんな仕草を見せつつ無言を貫いていたが、漸く気怠そうに口を開いた。

「……………………そんな重てえ話、よく考えたもんだな。」

頭をフル回転させた反動か、サクシャは体や手を震わせており、息も切らしている。
「リアリティある話だったでしょ、中々。自分でもこんなに考えることができるなんて、天才じゃないかと思ったわ。」
「本当怖いもの知らずというか。盗作ってそうとう重いテーマだし、なんだか色々思い出してきたわ。」

ヒョウカは項垂れながら眉間に手を当て、深く、細い息を吐いている。そしてテーブル上の何処からともなく持ち出された、読めないギリシャ語のタイトルが刻まれた馴染み深い冊子を見つめる。
「まあ身内を弄るのって面白いよね。」

やっぱり、そういう事ってあるの?まあ、大なり小なりよくある、てか技名の所浮いてない?いや、私なりの個性の出し方になるかなって、少林寺拳法習ってたし小学生の時。そういうつまらん個性を突然出そうとしなくていいから。そうかなあ。そもそもこの北入って何?誰よ。…………白状すると、苗字知らないんだ。嘘でしょう!?え、三年間、いや二年間?弁当の時間ずっと同じグループに居たよね?同じクラスになったことないし、皆、ヒョウカちゃんって呼んでたから。ええ……。

はあーっ、と盛大に声を漏らしながらヒョウカは背もたれに体重を預けた。
「内容どんどん忘れてきたのに、重たさだけが残っているわ。あとで紙でもいいから一応まとめておきなよ。」
「私も忘れてきた。書く頃には結構忘れてそうかも。」
「今までのやつもちゃんと取ってあるの?」
「……失くした……ものもあるなあ。」

ああ、とヒョウカは脱力しきった。
背もたれに両肘を預け、寄りかかったまま天井を見上げている。


喫茶店はいつもと変わらず、店員たちがせかせかと行ったり来たり。
店内に流れるブルーノートのメロディーは、何処へ届けばいいか分からないような弾みを利かせている。


「オマエに言うことかどうか迷う部分あるんだけど、聞きたい?」
サクシャは抱えていたグラスをやや端へ避けると、姿勢を直し、勇ましい顔つきで正面を真っ直ぐに見据える。
「いままで散々、私はあんたを信用してこう話を持ってきてるんだ。今更何を言われても怖くねえ。聞くさ。」

ヒョウカは少し目を閉じた。そして改めて腰掛け直し、サクシャと向き合う。

「盗作という重たいテーマだとか、私を弄ったことよりも気になることがあるのね。」
伏せた目線からまつ毛が上がる。ヒョウカの声は低く、やっと聞こえるぐらいの声量で尋ねる。

「オマエ、万引きはやったことあるか?」
「……いや、自慢じゃないけど無い。」
「親は生きてる?どちらか居ないとか。」
「……いや、両親とも家に居るなあ。」
なるほど、とヒョウカは呟く。組んだ指に少し力が入る。

「それらをネタにした時点で、それらについてオマエは高みに立った目線なわけ。犯罪歴もない、両親も健在、五体満足で、なんならオマエん家ちょっと裕福だろ。そういう事を踏み台にしてまで伝えたい事はあるのか、さっきの話に。」

サクシャは少し固まる。しばらくの沈黙の後、いやいやちょっと待って、と反論する。
「それを言い出したら創作なんてできないよ。サスペンスは殺人者が書いてる訳じゃなし、創作なんてほとんどファンタジーだらけなのに。」
いや、いるのかな?そういうヤベえやついないとは言い切れないのか?と自問自答しながらサクシャはあたふたする。

「そうだな、見知らぬ他人や世の中に出回る創作物なら、アタシも何とも思わないかもしれない。こういった負のテーマは、良くも悪くも人の目を惹く。でもアタシから見たオマエによって提出されると違和感がある。元から、もしかしたらオマエにこういった趣向があったのかもしれないけど、でも毎回テーマも変わるし、そこまで深堀してくる訳でもない。」

もう一つ、ずっと前から持ってる違和感もある、とヒョウカの話は続く。
「アタシにウケようとするな。」
「えっ」

「なんていうかな、色々こうやって見せてくれた訳だけど、どこかオマエらしく思わないのね。アタシの趣向をちょっと擦ろうとしてしまっている。」
「いや、だってウケたいもの!意識したつもりじゃないけど、人にウケたいと思ったらそうなってしまう所あるでしょう!」
「だから続かないのよ。」

サクシャは下唇を噛む。

「大勢にウケたいとか、プロになりたいとかならそういう事考えるよ。今何が流行っててとか、どういったものが求められてるとか。でも今のオマエはそういう訳じゃない。他人の趣向ばかり追うと疲れるよ、キリがないから。せっかく自分だけの時間持ってるんだから、もっと好きなものを書けよ、自分が追求していきたいようなさ。」

サクシャは少し俯いてしまった。

「だから本気でやれって言うのさ。覚悟と信念を持てるようなテーマで書けよ。こういった事を扱うせめてもの誠意だよ。開き直るという考え方も時にあるけど。」

視界の端でコーヒーカップが宙を浮いた。すっかり冷めたコーヒーの液体がくるくると混ざり合う。
「まあ、アタシは別に正しい事を言っているつもりはない。間に受けても受けなくても良いんだ。他人のせいで創作できないなんて有害でしかないしな。重てえ話聞かされたお返しに、ちょっと踏み込んだ話してみただけよ。」

コーヒーは一気に飲み干され、かちゃんっ、と音を立てる。ヒョウカは腰を上げようとしている。
「さーて、来月からあんまり見る時間取れないかもしれない。バイト始めるから。」
「えっ、急にそんな。」
ごそごそと少し髪を直したり鞄を探ったりと帰り支度をしている間、ずっとサクシャの目線を感じる。哀れみを乞うような視線攻撃に耐えきれず、跳ね返すようにヒョウカは叫んだ。

「失業保険が切れるんだよ!」

言わせんな!と声を荒げるが、すぐにふっと顔を綻ばせつつ席を立ち上がった。
「いやー、この数ヶ月面白かったわ。社会に出たら『オマエ』なんて言い合える仲もできないしね。もし何かまた書けたら見るつもりはあるよ。だからさ、よく考えておきなって。じゃ、アタシゃタイムセールに旅立つとするわ。」


テーブルに残された空のカップとコーヒー代の小銭。そして手前にあるのはアイスキャラメルマキアートユニコーンカラーメレンゲ乗せホイップペガサス盛り。
「聞きそびれてしまったなあ。」
クリームの天辺にごろごろ載せたアメリカンチェリーがずるりと滑り落ちている所を救いあげると、ぱくっと口に含んだ。
唾液腺が染みるようにずきっ、と顎を痛めつける感覚が走る。味が分からない。痛みが慣れてくるまで耐える時間がいつまでも終わらない気がした。



(終)

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次話▼


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