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文化とアートとエンターテイメント 私たちが文化事業に取り組む理由

Hello, people.
デザインの発想の源泉となるアートやエンターテイメントは、私たちにとってとても身近で、なくてはならない存在です。しかし、多くのビジネスパーソンにとってみれば、これらの世界は特殊なルールで動いている疎遠なもの、あるいは「メセナ」など、メインビジネスとは異なる社会貢献の文脈でしか扱えないものだというイメージがあるのではないでしょうか。

ILY,が運営する実践的ビジネスコミュニティ GDA(Good Days Association)では「文化とアートとエンターテイメント 私たちが文化事業に取り組む理由」と題して、文化やアートとビジネスをテーマにしたウェビナーを開催。ゲスト登壇者に、池袋西エリアでまちづくりに取り組む株式会社シーナタウン日神山晃一さん、ごく一般的な“サラリーマン”でありながら現代アートのコレクションを続ける毎日放送の亀井博司さんを迎え、お二人が取り組む文化事業について紹介いただくとともに、ILY,の辻原を交えてディスカッションを行いました。

「若いアーティストを見守ってきた地域の文化を再編集」シーナタウン 日神山さんの事例

日神山 株式会社シーナタウンは、東京都豊島区の椎名町をはじめとする西池袋エリアをフィールドに、約5年にわたりまちづくり/場所づくり事業に取り組んでいます。目標は、このエリアを「行ってみたくなる(まちの外から来た人がお金を落としてくれる)」「住みたくなる(まちに住み続けるイメージがわく)」「人に自慢したくなる(まちの価値をまちの人たち自身が発信する)」まちにすること。そのためにシーナタウンは、まちの才能あるプレイヤーや想いを持つ物件の大家さん、商店会を始めとするまちの人々、そして行政などの間に立ち、まちの人たち自身がまちの楽しい使い方を考え、実際に使っていけるよう手助けしています。
その中で特に大切にしているのは「まちの日常の中で当たり前にある価値」にスポットを当てること。まちづくりでは継続性の観点が不可欠であるためです。私たちが注目した「西池袋エリアで当たり前にある価値」は、アートやサブカルチャーとの深い縁でした。過去には手塚治虫や赤塚不二夫などを輩出したトキワ荘や、戦前から戦後にかけて若き芸術家たちが集った池袋モンパルナスの存在がありましたし、現在でもエリア内には複数の美術系専門学校があり、多くの若いアーティストたちが住んでいます。そうした才能ある“ちょっと変わった”人たちを当然のように見守ってきたまちの文化を、再編集していきたいと考えました。

代表的な取り組みのひとつが、築50年を超える木造のマーケット「西池袋マート」をリノベーションした「NishiikeMart」です。土地・地域に根差したクラフトビール文化醸成を目指すブルワリー&パブ「SnarkLiquidworks」と、まちのアーティストが地元で才能を表現できるギャラリー「Nishiike gallery」を併設。さらに、まちの文化を再発見&発信する「コレデイイノダラジオ」のスタジオの役割も果たしています。まちに住む人やまちを訪れた人が、まちで造られたビールを飲みながら、まちの若いアーティストを応援する――そうした場所になっています。

NishiikeMartのコンセプト

ギャラリー部分ではかなりの数の展示会を開催してきましたが、さらなる展開に向けて、まちの若手アーティストとの新たな取り組みも進行中です。純粋に作品を展示するギャラリーとして機能させるだけなく、まちの応援者やファンと作家をつなぐサロン機能も果たせるようにしたり、アーティストたちが活動で収益を得続けるためのノウハウを学び合えるようにしたりと、より実践的な場にしていきたいと考えています。そして、こうした取り組みを一拠点だけでなく、西池袋エリア内の他の拠点も含めた「面」で展開できるようサポートするのが、シーナタウンの役目です。

このように、まちの特性を再編集したまちづくり事業が、結果的に文化に貢献する「文化事業」になっているといえます。

「作品を購入して初めてアートの世界に入り込める」毎日放送 亀井さんの事例

亀井 現代アートのコレクションを始めて10年以上が経ちます。若手作家のものからベテラン作家のものまで幅広くコレクションしており、その点数は80以上。過去にはILY,hubでコレクションの展示会も行いました。いわば企業の「文化事業」と同じ取り組みを、サラリーマン個人がやっていることになりますね。
アートコレクションの“沼”にハマってしまったのは、アートを買って所有することで初めて体験できる面白さがあるからだと思います。何よりまずは、作品そのものの世界に入り込めること。作家の人生の一部ともいえるアート作品が常に自宅にあると、視界に入るたびにハッとさせられたり、その背景について考えさせられたりして、普段使わない脳の部分を使っているのを感じます。また、マーケットの文脈で作品を見られるようになるのもコレクションの醍醐味です。オークションでついた値段や収録された美術館など、さまざまな要素によって作品の評価が変わるアート業界は、まるでゲームの世界。そのプレイヤーであるギャラリストやオークション会社の代表、地方都市の富裕層など、普段の仕事をしているだけでは出会えないような人たちとの交流も新鮮です。
このような体験をしている“サラリーマン”はなかなかいないと思いますが、最初の一歩を踏み出すのは、実はそれほど難しくありません。美術館やギャラリーに足を運んでみて「このような作品に惹かれやすいな」「この作家が好きだな」というものが見つかれば、まずは予算を決めてとにかく買ってみること。すると、少なくないお金を出した分、現代アートについて勉強したくなるはずです。知識が増えれば、また次の作品を買いたくなる――こうして沼にハマっていけると思います。

最近では、現代アートの面白さを伝える活動も行っています。そのひとつが、スマートフォンで聞ける音声ガイド「キイテミル」の制作です。作家とギャラリスト、もしくは作家と私の対談をラジオ感覚で聴いてもらいながら、鑑賞の手助けにしてもらえるようになっています。

こうした活動を通じて、アート業界の課題も見えてきました。まず、アートを適切に鑑賞する知識や方法論を伝える鑑賞教育が不足していること。そのため国内では「アートを買う」という発想に至る人はまだまだ少数派です。加えて、アーティストやギャラリー側のプロモーションが十分でなく、作品や作家の情報を得る術が限られている現状にも課題を感じます。一方、ポジティブな気付きとして、ここ10年でギャラリーを訪れる若い人が増えているなど、現代アートのすそ野が広がっているのも実感しています。
したがって、先述した課題を少しずつ解決していけば、マーケットもより大きくなるのではないでしょうか。私も趣味・ライフワークの範囲ではありますが、機会を見て取り組んでいければと思っています。

「デザインの源泉となるアート・文化への還元」ILY,辻原の事例

辻原 ILY,では創業から約5年にわたってアート作品を購入してきました。これらの作品はILY,hubのワークスペースに常設展示。また、週末にはILY,hubでアート作品の企画展も行っています。
ILY,がこうした文化事業に取り組むのは、デザインに取り組む中で、ビジネスにアートを取り込む必要性を強く感じるようになったからです。デザインは、アートやエンターテイメント、その背景にある広義のカルチャーを源泉に生み出されるものだと私は考えています。実際にILY,の仕事では、映画の名言に着想を得てクライアントのコーポレートメッセージを考えたり、アートのマスターピースのグラフィカルイメージを参照してデザイン制作を行ったりすることも多いです。そして、こうしたデザインは、ビジネスの課題に対する解決策として初めて意味を成します。デザインの視点から見ると、ビジネスと文化・アートは切っても切り離せないものなのです。

このような形でデザインに取り組む企業として、ビジネスで得たものを文化に還元し、原資として再循環させる責務があると思っています。現時点ではまだ投資段階ですが、ILY,hubを拠点に、これから事業として育てていきたいと考えているところです。ビジネスコミュニティの中で、アートや文化とビジネスに関する対話を生めるような場として、ILY,hubを機能させていきたいですね。

日常的な接点がアートに価値を見出す素地をつくる

辻原 ILY,が文化事業に取り組むのは、アートや文化の「価値」を積極的に発信するためであるということもできます。文化は意図的に作り上げられるものではなく、いつの間にかできあがっているもの。したがって、意識的に享受しないと、その価値は認識されないですし、そもそも目を向けられない場合も少なくありません。これに対して、私たちは「アートなどの文化は私たちにとって大切な、必要なものだ」と伝える役目を果たしたい、いうなれば文化を価値化する媒体になれればと思っています。

亀井 私は、純粋に自分が「価値がある」と思うものを知ってほしいというのはもちろん、それらを伝える過程にも面白さを感じています。アートの伝え方といえば「適切ではあるけれどとっつきにくいもの」と「とっつきやすいけれど、適切ではないもの」に二極化しがちです。私はその間にあるちょうどいい伝え方を模索しながら実践していきたいですね。

日神山 アート事業に限らず、シーナタウンが目指しているのは「何かに挑戦したい人が一歩を踏み出せる」世の中の実現です。アート分野に関していえば、なかなか作品が売れず、アートだけで食べていくのが極めて難しいために、断念してしまう人が多いのが現状でしょう。しかし「アート作品を買う」という行為が多くの人にとって当たり前の日常になれば、こうした状況も変わるのではないかと思っています。
例えば、シーナタウンが運営する、まちの日常を体験できる宿「シーナと一平」でのエピソードなのですが、ある外国人の宿泊客が、まちの子どもが手作りしたコースターをとても気に入って、お金を出して購入してくれたんです。そして、その背景には、ごく日常の風景としてアート作品が展示されている――。こういった体験を当然のようにしてきた子どもは、人が作った作品に対して価値を自然に見出せるようになるのかなと思いますし、大人になったら、気に入ったアート作品をためらいなく買うようにもなるかもしれない。その積み重ねの先に、アートが売れて、アーティストが問題なく食べていけるような世界があるのではないかなと思っています。

亀井 日常の中でアートとの接点があってこそ、アートや文化に価値を見出せる素地ができるのではないかと思いますね。今思えば、私も幼いころから博物館や美術館をよく訪れていて、そうした素地ができていたからこそ、大人になってからアートに関心を持つようになったのではないかなと感じることがあります。

辻原 価値を自分の言葉で説明できる背景も必要ということですよね。

日神山 辻原さんも大学で現代美術を学ばれていましたし、私も大学は芸術系の学部を出ていて、結局、こういった素地がある人しかアートや文化について議論できていない状況があると思うんです。アートに価値を見出す人と、疎遠な話だと感じている人が二極化しているともいえるのですが、その間にもっとグラデーションがあってもいいですよね。「素人はアートの世界には入り込めない」といった食わず嫌いや誤った認識を崩すきっかけになるのも、やはり接点なのかなと。こうした接点を、私たちのような、ある程度素地のある人間が作り続けなければいけないですよね。それに加えて、亀井さんのような、ちょうどよく後押しをしてくれる存在がいれば理想だなと思います。

まとめ

「日常の中でアートとの接点を作りたい」「アートの発信方法を工夫する必要がある」「ビジネスの中にアートを取り込みたい」など、さまざまな角度からビジネスとアート、文化の関係性について意見が交わされました。一口に「文化事業」といっても、アプローチの仕方や目指す方向性は多様化しています。おそらく誰にとっても身近なはずのアートや文化に、皆さんもぜひ目を向けてみてはいかがでしょうか。

 登壇者紹介

日神山 晃一
株式会社シーナタウン

埼玉生まれ岡山育ち
店舗設計施工会社でインテリアデザイナーとして働いたのち、父の稼業の内装屋(有限会社日神山内装:岡山本社)を継ぎ、東京セクションを立ち上げる。
たまたま住み始めた豊島区池袋西エリアで有志とまちづくり会社、株式会社シーナタウンを立ち上げ、商店街のまち宿とお菓子工房「シーナと一平」、お弁当と社食「アホウドリ」、ブルワリーパブとコレデイイノダラジオ「NishiikeMart」を運営している。面白い才能があぶりだされ、チャレンジできる拠点づくりがモットー。現在は運営も含めた場所・空間・まちづくりの提案を行っている。


亀井博司
毎日放送

2010年毎日放送入社。テレビ営業、報道記者を経て、現在はアニメ製作プロデューサー。出資作品の調達・選定や新規企画プロデュースなどを行っている。最近関わった作品は「炎炎ノ消防隊」「イジらないで、長瀞さん」「東京リベンジャーズ」など。
趣味として現代アートを鑑賞しており、ここ数年は年間250以上展示を回っている。作品を購入することも多く、現在のコレクション数は約80点。現代アートの面白さを伝えることに関心があり、アーティストやギャラリーと共同で、対談形式の音声ガイドを制作している。


辻原咲紀
ILY,株式会社

新卒でデザインプロダクトメーカーに就職、営業・マーケティング・商品企画・デザインの領域を横断し担当。インハウスでの広告制作やブランディングに携わるアートディレクター・クリエイティブディレクターを経験し独立。ベンチャー企業への技術提供・企業立ち上げなどを経て、0→1、1→10まで幅広いデザインに従事。2016年にデザインのコンサルティング&クリエイティブエージェンシーのILY.incを設立。経営・事業開発・コミュニケーションなど領域を横断したさまざまなデザインに取り組む。

GDAについて


私たちILY,は、ロゴ制作やビジュアルデザインなどの”見た目のデザイン”にとどまらず、MVV策定や事業・サービスのコンセプト設計などの”コトのデザイン”もご提供しております。お気軽にご相談ください。


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