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美術展の仕込は4年がかり【後編】

メディアが提案・主催する展覧会では、大型の企画は実現までに4年程度かかるのが一般的です。「そんなに長く?」と思われるかもしれません。

美術展の開催期間は数週間・・・でもその作業は膨大!

今回はメディアが主催する展覧会の一般的なプロセスを2回に分けてお話します。(あくまでも個人の経験に基づくものです。ご承知おきください)
前編に続き後編は、展覧会開幕1年前あたりから開幕までの動きです。


 2.制作:開幕1年前〜開幕

タフな借用交渉もほぼ終わり、開幕1年前あたりから国内での動きが活発化。いよいよ“始まる感”が高まります。 

⑥何より大事な広報宣伝

展覧会の内容にはある程度自信があっても、世にあまたある展覧会の中から「これは足を運んでも見たい!」と思ってもらえるのは至難の業。情報解禁、ポスター、チラシなどの印刷物、HPなどWEBのデザイン、テレビ、新聞、雑誌、SNS、交通系広告など発信は極めて大事な仕事です。昨今交通広告はコスパが悪いとも言われますが(そもそも電車の中で広告を見ている人はほとんどいない・・・)、やはりクラシカルな展覧会の場合、交通広告はまだまだ力があることを実感します。

⑦制作者の思いが詰まった”作品“:図録

基本、会場売り限定で、コンテンツによってはレア感があります。展覧会は終了すると跡形もなくなるので、形に残るのは図録のみ。作る側としては思い入れが強い“作品”です。重い、嵩張るというご意見にお応えしてなるべく手に取りやすく一般美術ファンに受け入れられやすいものを目指します。
色の再現性が高い日本の印刷技術には定評があり、海外の展覧会図録が1万円近くするものもある中、2500円前後で買える日本の図録はかなりお買い得と言えます。

⑧グッズ・音声ガイドは楽しみながら

お馴染みの展覧会グッズ。絵葉書や一筆箋、コラボグッズなど一つ一つのアイテムのデザインを所蔵館に確認、許可をとります。作品のイメージを損なわないことが大前提でお酒などとのコラボはNGの場合も。キャラクターもののコラボグッズではそもそもそのコンテンツを知らない海外の担当者にキャラクターが登場する作品の背景から説明しなくてはならないケースもあります。
会場で貸出す音声ガイドは、会場の説明パネルとは違う、プラスアルファの情報を満載。人気の声優や俳優を起用して「聞いてみたい」と思っていただける、「聞いてわかる原稿」を心がけます。1作品あたり1分程度、全部聞きながら会場をご覧いただいて約1時間程度、というのが目安です。 

⑨最後の仕上げ、展示・施工

展覧会が表現する世界観をどう具現化するか。会場づくりは来場者の印象を決定づける大事な要素です。壁の立て方、色、素材、照明、で作品の見え方は全く変わってきます。パリのオルセー美術館がリニューアルした際、壁の色をそれまでの印象派の定番だった「白」から「深いブルー」に替えて話題になりました。印象派の優しい色が壁の色で引き締まってより作品が美しく見えます。
施工はデザイナーは腕の見せ所、プロデューサーは予算管理の見せ所です。

⑩いよいよ作品がやってくる!作品輸送

海外からの輸送は旅客便または貨物便で行います。貨物便は便数が少なく、何か所も経由して日本に到着するので、アメリカ便では美術品の隣にカリフォルニア産のチェリーが、ヨーロッパ便ではノルディックサーモンが、なんてこともあるとか。リスク分散のため、保険評価額が高ければ高いほど便数は増え、(プロスポーツ選手が同じ便で移動しないのと同じ)昨今の燃料代の高騰はプロデューサーにとっては悩みの種です。

⑪使わないに越したことはない 保険

展覧会経費のトップ3は、借用料、輸送費、そして保険。いわゆる “掛け捨て”です。保険料が高すぎて主催者が海外から作品を借りにくくなっていることが問題になり、2011年から欧米に倣って日本でも「美術品国家補償制度」がスタートしました。海外から美術品を借り受ける場合、一定の要件を満たせば政府が作品の損害を補償する制度です。目的は「全国で安定的・継続的に優れた展覧会が開催され、国民が世界の多様な文化に接する機会を拡大する」(文化庁)ことですが、税金を使う制度のため申請手続きはなかなか煩雑です。
もちろん保険料に関わらず、保険は使わないに越したことはありません。

3.最後は「背負う覚悟」

4年もあればその間に様々なトラブルが勃発します。
当てにしていた作品が突然借りられなくなる、予算が見合わず断念せざるを得なくなる、コンセプトそのものが大幅に変更になる・・・コロナでいきなり中止、ということもありました。
「バカンスのために働く」と言われるフランスが相手の時は夏の2か月はほぼ何も進展しないつもりで。クリスマスが1月のロシアでは年明け2週間は音信不通なので、ロシア相手の年越し仕事は、日本の年末年始も合わせて1か月間は冬眠するしかありません。
開幕日は3年前に決まっていたはずなのに なぜか開催間際にはいつも追い込まれて徹夜の日々・・・。美術展は決して優雅な仕事ではありません。

それでも歯を食いしばり、「なぜできないか」ではなく「どうすればできるか」を考え、「開かない展覧会はない!」と信じて走る。そうしているうちにコンテンツに対する愛情が深まり、やり遂げる覚悟が強くなっていきます。そして展覧会が開幕し、本物に触れた来場者の顔を見た時、疲労感を上回る達成感を味わうことができるのです。
そう、「美術展は背負う覚悟」、その一言に尽きます。


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