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アメリカ印象派展制作中!⑤世界で初めて美術館が購入したモネの〈睡蓮〉

来年(2024年)1月から開催されるアメリカ印象派の展覧会「印象派 モネからアメリカへ ウスター美術館所蔵」。ポスタービジュアルの一つ、クロード・モネの《睡蓮》は、ウスター美術館が世界で初めて美術館として購入した〈睡蓮〉です。この作品には画家の“チャレンジ”、そして美術館にとっても “チャレンジ”がありました。 


 ▶モネのチャレンジ

モネは1883年、43歳の時にパリ近郊のジヴェルニーに居を構え、以降1926年に86歳で没するまで、人生の半分をこの地で過ごし制作を続けます。自らが作った「水の庭」をモチーフに描き続けた〈睡蓮〉の連作は2つの時代に分けられます。第1期は1898年、画家58歳のころからのおよそ2年間。このころの作品には太鼓橋や枝垂れ柳など比較的「形のある対象」が多く登場します。そして第2期は1901年の池の拡張工事の後から1900年代後半にかけて。この時代、画家の関心は次第に池の水面とそこに反射する光や空気に移って行きます。

ジヴェルニーはパリから車でおよそ1時間半。
モネが作った「水の庭」には多くの人が訪れる

この展覧会に出展される《睡蓮》は第2期の1908年、画家が68歳の時の作品です。浮世絵の影響といわれる非対称な構図で、睡蓮の花は画面左下、わずかにピンク色の淡いアクセントで描かれているだけ。
   本展を監修したウスター美術館のクレア・ホイットナー学芸部長は言います。
「数あるモネの睡蓮の中でもこの作品が特に前衛的なのは、画面の中心に何も描かれていない、カンヴァスの中央が空っぽだという点です。モネは伝統的な絵画から遥かに逸脱した構図にチャレンジしているのです」
 カンヴァスに広がるのは池の水面とその奥に広がる水、そして反射する光—。水と空気、映り込んだ空がお互いの領域も境目もなく溶け込み、複雑で豊かな色彩は観ている者にどこか異次元の空間に深く吸い込まれるような感覚を呼び起こします。

ウスター美術館所蔵
クロード・モネ《睡蓮》(1908年)

▶美術館のチャレンジ

そもそも美術館はあまり現存作家の作品を収蔵しない傾向にあると言われています。「評価が定まっていない」というのが大きな理由の一つで、同時代の作品を美術館として購入するというのは、言うなればお墨付きを与えることになるからです。ところがウスター美術館がこのモネの《睡蓮》を購入したのは作品が制作された翌年の1909年。モネは当時すでに個人コレクターの間では人気でしたが、〈睡蓮〉はまだ世界中のどこの美術館も収蔵していませんでした。ウスター美術館はアヴァンギャルド(前衛的)と言われたこの《睡蓮》を購入することで、“美術館として”作品の価値を認める、というとてもチャレンジングなことをやってのけたことになります。 

▶購入に至る情熱と息遣い

この作品が世に出たのは1909年、パリのデュラン=リュエル画廊が開催した「クロード・モネ 睡蓮、水の風景の連作」(Les Nymphéas  Séries de Paysages d‘eau par CLAUDE MONET 1909年5月6日-6月5日)でのことでした。この展覧会は当初1907年に企画されましたが、モネ自身が「納得する作品が制作できない」と延期を重ね、予定より2年遅れで開催。48点が出展されました。

1909年パリで開催された
「クロード・モネ 睡蓮、水の風景の連作」展パンフレット

当時、開館してまだ12年めの若い美術館だったウスター美術館の館長、フィリップ・ゲントナー氏はこのパリの展覧会を訪れ、画廊に作品購入の意思を伝えます。購入には美術館の理事会の承認が必要で、理事会は作品を実際に見なければ承認しないのが通例でしたが、ゲントナーの強い説得もあり、およそ9か月後、理事会は実物を見ることなく購入を承認しました。交渉開始から支払いが済むまでのおよそ1年にわたり、パリと遠く離れたアメリカ・マサチューセッツ州・ウスターとの間で頻繁なやりとりがなされ、美術館には当時の手書きやタイプライターの書簡、電報のコピーなどが保管されています。「モネ オクレ」「スクナクトモ イッテンハ カウ」など、今から100年以上前のアナログで生々しいやりとりは、ウスター美術館の作品購入にかける情熱と息遣いが感じられる貴重な記録。今回の展覧会ではそれらを高精細画像の複製で展示します。
 時は1910年。作品は蒸気船でアメリカに運ばれ、ウスター美術館は世界で初めてモネの〈睡蓮〉を所蔵する美術館になったのです。美術館はこの時、同じくモネの《ウォータールー橋》(1903年)も購入しています。同時代の現存作家の作品を2点まとめて購入するー。そのチャレンジングな精神は今に受け継がれ、ウスター美術館は現在も積極的に現代美術の作品を収蔵しています。

クロード・モネ《ウォータールー橋》(1903年)
ウスター美術館蔵
*本展には出展されません

 アメリカ・ウスター美術館が所蔵するフランス、アメリカの印象派の作品を核に印象派の世界的な広がりをテーマにした「印象派 モネからアメリカへ」は来年(2024年)1月、東京都美術館で開催されます。


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