見出し画像

自分の混沌「カオス」

混沌とは、すべてが入りまじって
区別がつかないさまをいう。

自分の混沌を他人に映し、そしてみる。
これが人生だとしたら、
人生はまさしく「自作自演」の
自分物語である。

「◯◯ちゃんが叩いた」
「◯◯のせいで痛い目にあった」

幼い頃の様々な経験も、結局は、
自作自演、自分がそういう体験を
味わいたかった。
ただそれだけだったんじゃないか。
そんなふうに感じてきたんだ。

良いことも悪いことも、運が良いことや
運の悪いことも含めて混沌である。
自分の混沌を経験するため、味わうため、
それを通して、自分ってヤツを体験する。
それが人生のねらいなんじゃないか。
そんなふうに感じてきたんだ。

自分の混沌の、光の部分、明るい部分、
ポジティブな部分だけ求めて、
突っ走る。そんなことを、ずっとやってきた。

自分の混沌の闇、ダークサイドを
見ないように、自分の暗さや弱さを
無視して、突っ走るってことを
ずっとやってきた。そういうことなんだ。

その結果、自分の輝きを、体験できた。
喜びや感動も味わえた。
素晴らしい経験ができたんだ。

でも、目を背けてきた自分の深い闇を
家族の誰かに映して、独り虚しく、
悩み苦しんだんだ。

今思えば、すべてが自分だったんだ。
自分の光ばかり追っかけたから、
闇を他人に見るはめになっちまったんだ。
どうしようもないダメな自分の、
もうひとつの姿を他人に映して、
憤り、悩み苦しむ。
そんな自分だったってことなんだ。

だから、自分の陰を、自分の闇を、
自分のダークサイドを
丁寧に内観することで、
自分の輝き方が変わっていく。
そんな感覚があるんだ。

ギラギラした輝きに、くすみが混じって、
落ち着いた輝きになっていった。
言葉じゃ表現できない。
そんな感覚なんだ。

今まで感じられなかった、
落ち着き、安定、穏やかさというものを
感じられる。自分が、そして家族が、
そんな関係になってきた。
そんな感覚がある。

他人の心配に明け暮れ、
心配な人の世話を焼いていきる。
そんな生き方もあるだろう。
自分もそうやってきた。

でも、自分の闇を他人に映して生きる。
そんな生き方はもう勘弁である。
どうせ自作自演の人生なんだ。
恐くはない。

自分の描いた脚本、
選んだキャストを信じて、
自分の闇をとことん見つめるんだ。

恐くてたまらないことでも、
突っ込むんだ。
そして、たっぷり浸るんだ。
味わうんだ。
そして本当の自分に気づくんだ。

そうやって、泥臭く、
格好悪く生きてゆくことが、
最終的には、家族のため、
人のため。そして、自分のためになる。
今は、そんなふうに感じているんだ。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

ありがとうございます✨うれしいです😁
3
札幌にて15年間中学校教師として勤務。青年海外協力隊参加を機に退職、ウガンダ共和国にて2年間、青少年に野球指導を行う。指導したウガンダ高校生は、2008年に札幌ドームでの親善試合に招聘された。著書に「日本人という生き方」が ある。㈱インディヴィジュアル 代表取締役
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。