音楽と凡人#13 "童貞とボブディラン"

 助手席の少し開けた窓から入り込む夜風が秋の京都の匂いとなびく長い髪の香りを運転席へ運んでくる。免許をとりたての10代の私は一気に大人になったような気がした。事故を起こさないように気を張りながら、助手席ではしゃぐ女の子の横顔をちらちらと見た。大学は違ったが、いつの間にか遊ぶようになっていた。彼女の兄はバンドマンでその兄が出演するライブを一緒に観に行こうとこの日は集まった。

 京都市の中心部からは少し上の方、左京区の宝ヶ池の近くにあるホンキートンクという店だった。ホンキートンクという言葉自体はカントリーが演奏されるバーを指し、その起源ははっきりとはしないが、アメリカの労働者階級向けの安い酒場から起こったひとつのムーブメントらしい。この京都の店もまたその雰囲気をまとった、テーマパークのような内装であった。客は私たちを含めて五人もいなかったが、そろそろやるかといった雰囲気でライブは始まった。彼女の兄は髪を長く伸ばし、手には大きなごつごつとしたリングをいくつもはめていた。

 曲はブルースやカントリーなどのカバーが中心であった。私は当時ルーツミュージックや名盤とされているロックのアルバムを聴き始めている頃で、そういった音楽を愛している人間を生で見るのがとても新鮮だった。ライブの最後にはボブディランの「風に吹かれて」が演奏された。なんだか見てはいけない世界を見たような気持ちと、世の中には自分がうっすらとしか知らないものをとことん掘り下げている人間が無限にいるのだという気持ちが同時に起こってなんだかとてもわくわくした。

 帰りの車で、「誘ってくれてありがとう。本当に来てよかった」と彼女に伝えた。彼女は幸せそうな笑顔で全開にした窓に手をかけ、気持ちよさそうに風に吹かれていた。


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