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名目と実質

名目GDPと実質GDP、名目金利と実質金利、名目賃金と実質賃金、…
経済の話題でよく登場する名目と実質。
実質の方が重要なのに、話に出てくる数字は名目の方が圧倒的に多いです。この記事では

  • 名目と実質の違い

  • なぜ実質の方が重要か

  • それなのになぜ名目の数値を目にすることが多いのか

を考えていきます。

言葉の定義から話を始めると本質を掴むのが難しくなるので、簡単な具体例を起点に考えていくことにします。

思考事例

米だけを生産している経済を考えましょう。
その世界で、昨年1年間の米の生産量は800万トンだったとします。
そして今年1年間の米の生産量は840万トンだったとします。
今年は昨年より40万トン多く米を生産できたので、生産量の成長率は

  40万トン÷800万トン = 5%

です。これが実質の成長率です。

では次に米の価格に着目しましょう。昨年は米を1kgあたり500円で販売していて、800万トン(=80億kg)すべてが売れたとします。売上合計は、

  80億kg×500円/kg = 4兆円

です。一方今年は1kgあたり510円で販売していて、840万トン(=84億kg)すべてが売れたとします。売上合計は、

  84億kg×510円/kg = 4兆2,840億円

となります。この経済では米しか生産していないので、米を作るのに必要な土地、水、苗など原材料の費用はゼロと見なします(必要なだけタダで手に入るという、ちょっと乱暴な仮定をします<注1>)。すると

  粗利益 = 売上 ー 原材料費(売上原価)

なので、売上と粗利益は一致します。つまり、粗利益の成長率は

  ( 4,2840億円 ー 4,0000億円 ) ÷ 4,0000億円 = 7.1%

となります。これが名目の成長率です。<注2>


名目と実質の違い

上の思考事例に納得できれば名目と実質の違いはほぼ理解できています。
実質は、モノ(財)やサービスの生産量自体に着目しています。この経済では米しか生産していないので、米の生産量に着目していました。その生産量や、生産量の変化(成長率)などを見るのですね。
一方で、名目は、モノ(財)やサービスの価値を貨幣価値(お金の価値)に換算して、その貨幣の量(金額)に着目しています。


なぜ実質の方が重要か

経済的な豊かさを表しているのが名目値ではなく実質値だからです。
上の事例では実質の成長率は5%、名目の成長率は7.1%でした。名目の成長率には、実質の成長率に価格の変化も乗ってしまっている、という点がポイントです。
経済的な豊かさというのは、お金がどれだけあるかではありません。モノ(財)やサービスがどれだけあるかです。価格(=財やサービスの対価)が変わらないという前提が成り立てばお金で経済的な豊かさを測ることもできるというだけです。上の思考事例、米だけを作っている経済で、極端な例を考えてみましょう。飢饉で米の生産量は前年の半分になってしまい、皆がその少ない米を手に入れようと殺到したので価格は4倍になったとします。すると米の売上高(=粗利益)は前年の2倍になります。実質の成長率はマイナス50%ですが、名目の成長率はプラス100%です。飢饉(生存の危機)なのに、名目成長率はプラス100%。実感とはかけ離れた値です。名目はその名の通り見かけだけの数値であって豊かさの実態を表しているとは限らず、実質こそが実態を表していることが分かると思います。


なぜ名目の数値を目にすることの方が多いのか

実質の方が重要(=生活実感に合う)なのに、なぜ名目の数値を目にすることの方が多いのか?これは私の考えですが、

  • 現代社会は多くの財やサービスがあり、高度に発達した貨幣経済であるため、それらの財やサービスの価値を統一的に表すには価値を測る基準として貨幣を使うのが現実的である(米の生産量〇〇トン、自動車の生産台数△△台、…と品目ごとそれぞれの単位で集計すると全体像が見えない)。

  • そこで財やサービスの価値を貨幣価値に換算した数字を使うことになるが、これがまさに名目値だから。スーパーの値札に書いてある値段も、住宅ローンの金利も、株価も、税金も、日常生活で目にする金額はすべて名目値。日常生活では「値段」とか「価格」と呼んでいる。

見た目の金額そのままの「名目」と、物価変動の影響を取り除くことで経済的豊かさの本質を表した「実質」。「実質」という概念を導入しこれと区別するために、日常的に使っている金額に「名目」という名前を割り当てている、というのが私の理解です。


補足

インフレだと実質値<名目値

もし、すべての財やサービスの価格が不変であれば(=物価上昇率が±0%であれば)、実質値と名目値は一致します。以前の日本のようにデフレ経済(物価上昇率がマイナス)であれば名目値より実質値は高くなり、逆にインフレ経済(物価上昇率がプラス)であれば名目値より実質値は低くなります。食料品や電気ガス、ガソリンの値段が上がって(インフレ経済になってしまって)苦しいという実感がまさに、実質値<名目値という形で表れています。

賃上げ

最近頻繁に聞く「賃上げ」という言葉。
上の議論から、ただ賃上げするだけでは問題は解決しないことが分かります。
賃上げは名目値を増やすだけです。賃上げした企業がその分を価格転嫁すれば増えた賃金はそのまま消費に消えます。
経済的に豊かになるには実質値を増やす、つまり生産量を増やす必要があります。よく言う「生産性を上げる」というのが生産量を増やすことです。生産性を上げるというのは、これまでと同じ資源(労働時間も資源の1つです)を使って従来より多くの製品を作るということですから。

注釈

注1

乱暴な仮定ではありますが、これが米しか生産していない経済、つまり米以外の貨幣価値がない経済、です。

注2

名目の成長率を売上の成長率ではなく粗利益の成長率とする理由は、

粗利益=付加価値(生産活動の結果生まれた経済的価値)

だからです。豊かさを表すのは売上の大きさではなく粗利益の大きさです。経済力を表す指標であるGDPも、特定の地域内(日本、USA、EUなど)で一定期間内(1年など)に生み出された付加価値、つまり粗利益を見ています。

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