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【エッセイ】痛みだす人生単位の傷も…。

こんばんは。


今日は朝から心臓が痛む。
だるさとか、不安を押しのけて、とにかく学校の準備をする。


少し心の余裕ができたので、イヤホンを手に取る。


今日はMrs. GREEN APPLEの新曲『ライラック』の配信日。



Music Videoは夜公開されるみたい。楽しみ。

そんな期待と共に、イヤホンから音楽を流し込む。


イヤホンをしている間、私はずっと繊細な気持ちだった。

皮肉混じりで、でも優しくて爽快な曲。


弾けるような、でも優しいギターの音色で始まるイントロ。

そこに色々な「音」が絡まる。


一息。
そして、楽器達が響かせる力強いメロディー。

それをしみじみと感じているうちに、優しい「声」が登場。

過ぎてゆくんだ今日も
この寿命の通りに
限りある数字が減るように
美しい数字が増えるように

思い出の宝庫
古いものは棚の奥に
埃を被っているのに
誇りが光って見えるように

『ライラック』歌詞

私達が感じることのできない、定められた「寿命」。
それに従って、毎日過ごしている。

生きられる「時間」はなくなっていく。
でも、「思い出」は増えていく。

それを「数字」という無機質な単語で表現する。

意思に反して擦り切れていく命に対する「皮肉」が感じられた。

加えて、「埃」と「誇り」をかける言葉遊びもある。

こういう細かい所に「意味」を込めようとする歌詞に、毎回心をつかまれる。

されど
By my side
不安 喝采 連帯
濁ったりの安全地帯
グワングワンになる
朝方の倦怠感
三番ホーム 準急電車

#が混じった音程と、不規則なリズムを刻む歌詞が、独特な雰囲気へ私を連れていく。

『By my side 不安 喝采 連帯』は「私のそばでみんなが不安を大げさに言う」というような解釈ができると思う。

それを思わず口ずさみたくなるようなメロディーに落とし込んでいるのなら何とも皮肉なことだろうか。
「すごい」よりも「怖い」の域。

そうして、「私」が分からなくなっていく不安が『濁ったりの安全地帯』なのかな。

こうして、だんだんと心の雲行きが怪しくなる。

青に似た
すっぱい春とライラック
君を待つよ ここでね
痛みだす人生単位の傷も
愛おしく思いたい

探す宛ても無いのに
忘れてしまう僕らは
何を経て 何を得て
大人になってゆくんだろう

先ほどの不安を晴らすように、サビに入る。

爽やかで優しくて、でも繊細さも持ち合わせた複雑な音楽がイヤホンに響き渡る。

子供から大人になる間の、言葉に表せない複雑な気持ちにメスを入れるかのような歌詞が、私の心を揺らした。

一回だけのチャンスを
見送ってしまう事が無いように
いつでも踵を浮かしていたい
だけども難しいように

主人公の候補
くらいに自分を思っていたのに
名前も無い役のような
スピンオフも作れないよな

2番に入ると、「恋愛」という青春要素がより混じる。

『一回だけのチャンスを見送ってしまう事がないように』
『いつでも踵を浮かしていたい』
は「相手に気持ちを伝えたい、自分を見てほしい」と思う自分。

しかし、『だけども難しいように』と気持ちが伝えられない。

ここで、自分が「主人公」のようになれるという「理想」と、うまくいかなかない「現実」に苦しむ。

たかが
By my side
くだらない愛を歌う際
嘘つきにはなりたくない
ワサワサする胸
朝方の疎ましさ
ズラして乗る 急行電車

ただ、「好き」という気持ちは本物で、それを偽りたくない。

だからこそ、不安な気持ちやモヤモヤが大きくなる。
それを知られまいと気持ちを隠そうとする。
そして、だんだんと焦りに繋がっていく。
『ズラして乗る 急行電車』という表現に落とし込んでいるように思う。

比喩として「行動」を使うからこそ、聞き手に雰囲気をより与えようとしているのではないかと思う。


そして、間奏を挟んで

影が痛い
価値なんか無い
僕だけが独りのような
夜が嫌い
君が嫌い
優しくなれない僕です
光が痛い
希望なんか嫌い
僕だけ置いてけぼりのような
夜が嫌い
一人が怖い
我儘が拗れた美徳

と心の嘆きが、繊細な歌声と主に発せられる。

私はこういう歌詞が好き。
不安や葛藤という心のモヤモヤを余すことなくただ「言語化」する部分が。

ただ、どんな嘆きも『我儘が拗れた美徳』という「現実」によって突き放される。

そこもいい。

不完全な思いも
如何せん大事にしたくて
不安だらけの日々でも
愛してみる

感じた事のない
クソみたいな敗北感も
どれもこれもが僕を
つき動かしてる

そして、今までの不安や葛藤に対して、
「こうしたい」「こうありたい」
と自分の心の曇りを晴らそうとする。

鼓動が揺らすこの大地とハイタッチ
全て懸けた あの夏も
色褪せはしない 忘れられないな
今日を生きる為に

探す宛ても無いのに
失くしてしまう僕らは
何のために 誰のために
傷を増やしてゆくんだろう

雨が降るその後に
緑が育つように
意味のない事は無いと
信じて 進もうか

答えがない事ばかり
だからこそ愛そうとも

今までの心の曇りを晴らすように、1番のサビよりも力強く、繊細な声と共に、曲が転調する。

「辛い」も「幸せ」も、これからの自分を形にする「意味」があるから、大事にしていこうというメッセージに聞こえる。

『雨が降るその後に 緑が育つように』というのがとてもいい比喩。

あの頃の青を
覚えていようぜ
苦味が重なっても
光ってる

割に合わない疵も
認めてあげようぜ
僕は僕自身を
愛してる

愛せてる

アウトロでは、ラスサビでつかみ取ったマインドを肯定するように、「全員」で歌う。

しかし最後は、音がなくなり、直前までの歌詞に答えるかのように
『愛せてる』
と一人繊細な声で歌う。

そして、その繊細な声を後押しするような力強い演奏で、この曲は幕を閉じる。


『ライラック』は花の名前で、花言葉は色によって異なるらしい。

紫 ➡ 「恋の芽生え」「初恋」
白 ➡ 「青春の喜び」「無邪気」「若き日の思い出」
ピンク ➡ 「思い出」

曲の中にはこれらが全てちりばめられている。

だからこそ、青春の甘くて苦い気持ちを回想するようにできているような構成になっているように感じた。


この曲はずっと「繊細さ」が付いてくる。
爽やかさの中で、不安や葛藤がうごめいている。

「青春」を謳う曲としてひとくくりにしたくない。

もちろん、『青と夏』と『ライラック』の2曲にはつながりはあるけれども、表現するものはそれぞれ違うと思う。

そのくらいこの曲は繊細だ。

それを歌にのせて言語化してくれるからこそ、聞いた後の気持ちは楽になったように感じる。

朝から痛む心臓も、やり過ごせくらいには。


私が「大人」になったとき、この曲は今とは違う感覚を与えてくれるのかもしれない。


「子供から大人」の移り変わりの時に、この曲と出会えてよかった。





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