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百七十五話 探索

 博多駅に向かって歩く。
 背広姿の男が待ち構えたように近寄って来る。
 
 何事かと思う浅井。

 「貴方が所属されていた聯隊はどこですか?」

 そう言って来たので、聯隊名と中隊名を答えると、男は自分の持っている書類を覗き込んだ。
 見ると、何らかの名簿らしい。そこに浅井の名前があり、見付けるや否や新しいじゅう円札二十枚と軍隊の白い靴下に入った米一升をくれた。そして、その上で、浅井の名前が記載された下士官適任証を渡してくれたのである。
 背広を着ているものの男は軍人らしかった。それにしても、浅井は戦争から戻って来たばかりの復員兵。にもかかわらず、次の戦争に行く際の階級証を渡されたのには唖然とした。

 「駅構内に、貴君が戻られる一帯の被災状況がわかる地図が出ております。それを見てホームに待っている復員列車に乗って下さい」

 男はそう教えてくれた。
 何も知らずに帰ったら、家が空襲で焼失、無くなっているかも知れない。だから事前に調べておけということらしい。靴下二合の米も家がなくなっている場合の備えだった。

 博多駅構内――真っ先にその掲示板を探す。
 大勢の復員が群がっている。
 地図は構内のあちこちにあった。
 被災状況が赤と青に塗り分けられており、それを見て悲鳴を上げている者がいる。一方、無事を確認出来た者は無言で居る。

 浅井の自宅がある大田区雪ヶ谷を探す。
 雪ヶ谷一帯は青。が、家業の工場がある荏原区平塚は、青と赤が混在し、二つの色が点々としている。この点不安になったが、家が無事と判り、ほっとした。

 自宅の無事が確認できると、また田村班長を探した。
 自分が生きて帰って来れたは、班長のお蔭。言葉で言い尽くせない恩を受けている。よって、どうしても会って別れの挨拶とお礼を云いたい。 
 戦闘の蒸気機関車が、黒い煙と白い水蒸気を交互に上げる。繋がれた客車は三十車輛くらいか。いずれも出発のときを待っている。
 ホームからざわつく車内を覗く。二度行ったり来たりしながら入念に覗いた。が、田村班長の姿はない。
 汽笛が何度も鳴る。
 「駄目だ、もう出発する」
 終点の品川でもう一度探そう・・・。
 一際、大きな汽笛が鳴った。
 浅井は慌てて客車に乗り込んだ。

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