★それぞれが確かめ、求め。最終回

 

 何が正しくて、何が正しくないか。みんな答えがわからなくて、悩んで苦しんでいる。だから、確かめようとする。そして、求める

 あれから、お父さんは、何も知らず入院した。
 そして、入院初日の午後。

「この馬鹿たれ!」
 病室(個室)を開ける私たちの緊張をよそに、おじさんはお父さんを目の前にした途端、急に怒鳴った。そして急いでベッドに横になっているお父さんのそばに行った。その姿は、今にも殴りそうな勢いで、怖かった。
「え…」
 お父さんは、ただただ驚いていた。当然だよね、しかも、急に怒鳴られて。
「た、たけしさん。あの、病院ですので…」
 お母さんが小さい声で話す。
「あ、そ、そうだ。ごめん」
 絶対に他の部屋にも聞こえたと思う…。恥ずかしい気持ちと、ついにおじさんのことがバレて、お父さんの反応が気になる。
「たくっ。最後に会ったのもあれだし、久々に会ってもこんなか。
お前は何をやってるんだ」
 おじさんはベッドを囲うカーテンを閉めた。それは、私とお母さん、おじさんとお父さんとの間に仕切りがついた感じだった。私とお母さんは、カーテンを閉められたことで、入り口付近から動けずにいた。多分、おじさんなりに気を利かせてくれたのかな。お父さんの視線が気にならないようにとか。もしかしたら、二人きりになりたいのかなとか。わかんないけど。
「由奈さんをあんなに若い時…、それであんだけ怒ったのに、連絡もなしで…馬鹿たれっ」
 気のせいかな?おじさんが泣きそうな声になってる気がした。
 お父さんは、何も話さなかった。変な沈黙が続いて気まずい。私、何か言った方がいいのかな。
「たけしさん、術後で疲れてると思いますので、昔の話までは…」
 お母さんがカーテン越しに話しかけた。それから数秒後、
「…そうだな。そうだ。…すまん。二人きりにさせてくれ。由奈さんたちは外の椅子に座っててもらえるかい?」
 やっぱり、泣きそうな声。それとも、怒りで震えてるだけ?
「はい」
 おじさんの問いかけに、お母さんは返事をしながら私の手を引いた。
 お父さんはどんな気持ちなんだろう。どんな顔をしてるんだろう。いつもは怖くて知りたくないけど、今だけは、何でだろう、気になった。

「ごめんね、美香子」
 あれから、お母さんは私に謝ってばかりだった。でも、お母さんの立場だったら、謝りたいよね。
「ううん。大丈夫」
 私は分かってる。みんな不安で、みんなドキドキしてるってこと。お父さんの気持ちはわからないけど。

 どれくらい経ったかわからない。おじさんが病室から出てきた。
 ドキドキする。おじさんの言葉に、お父さんは何て言ったんだろう。
「さっき話してた、上のレストラン?そこに行こうか」
 そう言ったおじさんの顔は疲れたような、泣いたような、つらそうな顔をしていた。お父さんと今まで何があったんだろう。

 昼時を過ぎたレストランは、ガラガラだった。それでも、私たちは奥の隅っこの席に座った。
「離婚はするってさ」
 ――スンって、胸に矢が刺さったような、背中がソワってしたというか、なんだろう、この感覚。喜べない。たった一言なのに、言葉の力が強すぎる。いよいよ、ここから始まる。そして、終りも生まれた。たった一言がそれを確かにした
「そうですか…」
 お母さんも、嬉しそうではなかった。
「すみません。嫌な役をさせてしまって」
「いや、いいんだ。由奈さんが言ったら危ないしさ。…それに、兄弟二人で話したかったから、ちょうどよかったさ」
「――主人は、何か言っていましたか?」
 おじさんはすぐには答えなかった。
「…いや、ほとんど俺たちの話だったからなー。まあ、離婚したいんだって伝えたら、わかったって言ってたさ」
 何かを隠してるような言い方に聞こえた。
 お父さん…。
「とりあえず、これから忙しくなるぞ。でも、ゆっくりでいいさ。全部タイミングとかは、由奈さんと美香子ちゃんに任せるよ」
 おじさんは最後に、弱々しく笑った。


 それからは忙しいというより、最初は気まずかった。お父さんの気持ちは結局わからないまま。しかも、お母さんの「離婚したい」という気持ちを知っていても、一緒に変わらず住んでて。あ、変わったことは、おじさんが、私たちの生活が決まるまで一緒に住むことになった。家の中は一気ににぎやかになった。おじさんがお父さんと思い出話をしたり(お父さんはほとんど無言)、私たちを交えて話したり、なんだかこのままでもいいかもって、思う時があった。お父さんはお母さんに何もしないし、家の空気も重くないし、なんだろ、離婚しなくてもいいんじゃないかって。
 でも、お母さんは離婚に向けて準備を進めた。それから、どんどん忙しくなった。
 まずは、家探し。二人で家を見学して。その時ムカッとした、というより、気まずかったのが、不動産の態度。
「何人で住まわれるんですか?」
 って質問してきて、
「私と娘です」
 ってお母さんが言ったら、
「あ、二人?えっと、失礼ですが、離婚か何かでしょうか?」 
 って言ってきた。そこでムカッとした。なんで、そんなこと聞くんだよって。悪いか?離婚が悪いのか?って。
 でも、あとから考えたら気まずくて、二人で部屋を探しに行くことが恥ずかしいことだと感じてしまった。そこから、お母さんに部屋探しは任せてしまった。今思えば、そこも子どもだなって思う。私は、お母さんの撮ってくれた写真を見たり、見てきた雰囲気の話を聞いた。あ、因みに、部屋の話はお父さんがいない時にしてる。
 複雑だよね。同じ家にいて、片方は離婚の準備をちゃくちゃくと進めてて。お父さんはどんな気持ちなんだろう。だめ、考えたら苦しくなる。
 お父さんも選んだはず。「離婚をする」って選んだはずだから。

 無事家が決まり、少しずつ車で荷物を運ぶようになった。勉強机とか大きいものは、引っ越し当日に、引っ越し業者に任せることになった。
 少しずつ無くなっていく我が家の荷物に悲しさを感じる。一方、新しい家に荷物が増えて、「ここはこうして…」とレイアウトを考える楽しさ。
 広くなっていく家で変わらず4人で住んでいて、複雑。ぐちゃぐちゃな気持ち。でも、もう戻れないことは分かってる。
「お父さんに手紙を書きなさい」
 と、お母さんに言われてから何日も経つ。なんて書いていいのかわからない。「今までありがとう」でいいのかな。なんだろ、「ごめんなさい」って言いたくなる。でも、大丈夫だよね。おじさんがいるから。お父さんは一人じゃないんだもん。

 おじさんを含めた4人での暮らしは、長く感じてたけど、あっという間に終わった。
 引っ越しの前日、おじさんの提案でみんなで外食することになった。でも、思い出になるから私は嫌だった。これ以上お父さんとの思い出はいらない。お父さんは、お父さんのままでいて欲しいし、それで終わらせたかった。もう、これ以上苦しくなりたくない。でも、お父さんからしたら、大切な時間なのかな。欲しい時間なのかな。結局お父さんの気持ちは分からない。おじさんにも聞けない…。
 食事の時にお父さんに手紙を渡した。少し前までは目を見るのも怖かった。だけど、久々に自然と、当たり前に、目線がお父さんの目を見た。目と目が合う。もう、怖くない。それはいいことなのに、なんだろ、もやもやする。「ありがとう」と、お父さんが言った時、また思った。このままでもいいんじゃないかって。このまま4人で暮らせばいいんじゃないの?って。
 お父さんは、おじさんと一緒に遠いところに行くから。きっともう会えない。もう一度会いたいと思うかって言ったら、思わないかもしれない。でも、このままでもいいんじゃないかな。でも、もう戻れない。
 引っ越し当日、お父さんは朝早くから外出していて、結局出発になっても帰ってこなかった。
「ま、あいつなりの別れ方なんだよ」
 そう言って、おじさんが新しい家まで車で送ってくれた。
 通り過ぎていく街並み。さよなら。さよなら。でも、本当にさよなら?なのかな。なんか実感がわかない。でも、さよならなんだよね。
 あの家はどうなるんだろう。私の苗字はいつ変わるんだろう。友達の反応も気になる。色んな不安は残ったまま、私とお母さんは新しい家に向かった。


 ――数年後。
 あれから、離婚は無事成立した。お母さんと、色々手続きをしに役場に行ったことも覚えてる。苗字が変わって、学校では一気に「離婚した」って噂になった。陰口、悪口言うやつとか色々あったけど、いつも一緒にいる友達が守ってくれたおかげで、無事卒業できた。って、めちゃくちゃ省略してるけど、実際は何度も泣いたし、つらかった。でも、同じように親の離婚を経験している子から、声をかけてもらって、新しい出会いがあった。そっか、気付かなかったけど、離婚しててつらい思いしてたんだね。って話したり。結果、友達が増えた。でも、つらかったけどね。マヂで、ムカついたときもあったし。離婚がなんだよ。苗字変わったことがなんだよって思う。そんなことに、いちいち反応して、他にネタが無いのかよって。
 でも、どうなんだろうね。逆の立場だったら、私も言ってたかも。悪口は言わないけど、「離婚した子」って悪いイメージを思っちゃうかもしれない。可哀想って言っちゃうかも。まあ、みんな、自分が当事者にならないと気づけないことってあるよな。って、今となっては思う。

 そして、私はまあまあ大人になった。
 お母さん情報だと、お父さんはおじさんとお互いの実家で元気に暮らしているらしい。それを聞いて私は素直に「よかった」と嬉しく思った。
 
 ここで、私は大きな決断をした。
 お父さんの気持ちが結局最後まで分からなかったのは、聞くのが怖かったらから。確かめなかった。それが自分の為だと思ったから。いや、それは綺麗ごとか。ちゃんと聞いておけば、もっといい思い出として終われたかもしれない。もやもやも少なかったかもしれない。お父さんの代わりにおじさんに聞くことだって出来たはず。もっと、手紙も想いを込めて書けたかもしれない。お父さんにとっての最後を変えられたかもしれない。結果は変わらないけど、それでもみんなが望む最後を作れたかもしれない。この失敗は、もうしてはいけない。と、私は思う。怖くても、その先がどうなるかわからないけど、確かめるべきだった
 今、お母さんの気持ちが分からないことがあって。でも、私は、確かめたかった。というより、求めた。お父さんが欲しいわけじゃない。お母さんと二人暮らしでも構わない。でも、ずっと心が引っかかる。あの時間、あの場所、あの味、あの空気、私は忘れることが出来なかった。この想いが、お母さんを困らせることは分かってる。でも、どうしてもこの想いは消えなかった。でも、それが意味することは、結局どっちか選択しないといけないってことも分かってる。もう、私もまあまあ大人だから。
 それに、分からないから。私が求めても、もう無理かもしれない。だけど、怖いけど、でも、でもっ、確かめたい
 

 

――あいつに会いたい。


 ――さらに数年後。
「お姉ちゃん」
 トイレから出てきた小さい男の子。
「ちゃんと一人で出来た?」
 手を差し出し、男の子と手を繋ぐ。
「出来るよ!もう一人で出来る!」
「そりゃよかった(笑)」
 二人で通路を歩き、角を曲がる。
「出来た~」
 男の子が私の手を離し、一目散に走る。
「あ、こら、走っちゃ危ないよ」
 思わず注意した。
「つかまえた~」
 と言いながら、男の子は母親に抱き着いた。
「走っちゃ危ないでしょ」
 母親の声、そして、
「俺にも、ぎゅうして、して(笑)」
 と、父親の声。
「いいよ~」
 目の前には、どこにでもいる、日曜日にショッピングモールに買い物に来た家族。

 私の確かめ、求めにお母さんはものすごく驚いた。そりゃそうだ。全部は言わなかったけどね。
「ごめんね」
 お母さんは謝った。
 後日、おなじみの、不安と期待と緊張の中、喫茶店で会ったのは

「初めまして」


 そこにいたのは、嬉しそうなあいつだった。バカ。こんだけ時間経ってるのに、何嬉しそうなのよ。あんたのことなんか忘れてるから普通。バカなんだから。それに、お母さん、私たちのこと知ってるから(笑)。
 あの日の約束のつもり?バカ。
 もう、私、素直になるね。不倫がいいことなのか悪いことなのか、正解は分からないけど、
「初めまして」
 あんたでよかった。私も嬉しいよ。変わらないね。あの時のまま。ん?少し太ったんじゃない?
 私、背が伸びたよ。どう?印象変わった?大人っぽくなった?聞きたいな。あんたの声。これからは沢山聞かせて欲しい。

 そして、私は働いた。一生懸命働いた。
「お姉ちゃん。早く行こう」
 そう、この子の為に。
「そろそろご飯にしようか」
 小野寺学が言った。
「ハンバーグ食べたいっ」
 私は言った。

 歳が離れた弟だけど、人目は気にしない。また苗字が変わったけど、人目は気にしない。
 これは私が求めたこと。そして、お母さんも、小野寺学も、同じように求めた。それは確かだから


~完~


<あとがき>
 初めての連作、無事終わりました。更新が遅い中、読んでくださってありがとうございました。
 う~ん、色々盛り込みすぎたなと反省しています。最初、<「不倫」は本当に悪いことなのか>をテーマに書こうと決めたのですが、結局、娘(美香子)の立場がテーマになってしまいました。
 本来、登場人物の心情はある程度設定されているはずですが、娘ちゃんに関しては、ほとんど決めずに書きました。その為、私も娘ちゃんの気持ちが分からない状態でした。「でも、でも、でも」というのは、娘ちゃんのリアルな心情かなと思っています。
 私も、両親の離婚を幼少期に経験し、今思えばモラハラ・パワハラ(当時用語が無かった)な親を持つ子どもです。その為、娘ちゃんに感情移入するところがあり、3話辺りから、それが反映されたように思います。また、小見出し・大見出し等を途中から取り入れたため、取り入れ始めた4話が大変な描写になったなと反省しています。3話、4話は、自分の中で盛り上がってしまいました。
 この小説には、不倫のほかに、男性の不妊やモラハラ・パワハラ親、離婚なども盛り込んでいます。もっと、離婚の過程や、不妊治療のこと書こうか悩みました。ですが、あまり、詳しく表現すると不快に思う方もいると思ったので、最終話は、一気に展開を進めました。そこも中途半端だったかなって反省しています。
 こんな感じで反省点の多い小説ですが、最後は娘ちゃんが自分の意思を持って勇気を出して、結果いい未来を作れたこと、作者としても嬉しく思います。小野寺学のどこに娘ちゃんが惹かれたのかはわかりませんが、また会いたいと思えて嬉しいです。小野寺学も、よく待ってたな~って思います。
 さて、これからですが、しばらくは、短編小説を書こうと思います。
 …が、実はまた連作を書きたいのです(笑)。←こりない
 次書こうと思っているのは、ラブコメ?になるのかなと思います。男性が主人公です。そして、下ネタも入れてみようかなと思っています(引かないでね(笑))。その為、最近は男性が主人公の日常漫画を読んだりして、男性がどんな会話をしているのか勉強しています(笑)。←男性の友達がいない
 
 こんな感じで、初連作を終えましたが、これからも、よろしくお願いします。
 短編小説の方も、よければ覗いてみてください♪

ねねこ


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