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歴史を繰り返さぬよう、平和を守り続けることができるよう、ぼくたちには何ができるのだろうか。

終戦から今日で77年が経ちます。

いえ、とても申し訳ないですが、ぼくの感覚からすると、
『77年が経つそうです』という感じです。

生まれた時代が違う、世代が違うというのはそういうことだと思います。

歴史は繰り返すと言います。
あの痛ましい歴史も繰り返してしまうのでしょうか。

争いや攻撃をしなければ、得られないもの、成し遂げれられないものがあるということなのでしょうか。

これだけ、様々なものが豊かになった時代でも、世界に目を向ければ、残念ながら答えは出ています・・・。


この77年の間に、
我が国での戦争がなかったこと、起こさなかったことに、感謝し、このような平和を構築していくことを、これまでもこれからも努力し続けないといけないと思います。


どこか、戦争や平和の構築というテーマに関しては、自分から遠い存在で、ただ願うだけで、その一員となっているという意識は薄いように感じます。

当時を生きた人や、様々な媒体から学ぶ限りでは、日本が戦争に突入していくにあたり、国民全体もそうしたムードになっていっていたそうです。
もちろん、戦争したいという意志ではなく、巻き込まれていった方が大多数でしょうが。


聞き書きという手法で、作成されている『未来への伝言』という冊子。
北九州市門司区で「聞き書きボランティアともがき隊」の皆さんがつくられたものです。
これを拝見して、とても心に刺さっています。

66ページにわたって、当時を生き抜いた『生の証言』が書き起こされています。
そのうちの1ページをヒントをご紹介します。

当時小学生だった馬淵さんというおばあちゃんのお話です。
当時の心情や変わっていく日常についてお話されています。
最後のところで、『芯を持つ若者へ』という段落があります。

『今の若い人たちは戦争をしないと思います』
この言葉からスタートしています。

『今の若い人はデジタル機器を使いこなしていたり、様々な情報を得て自分の考えを発信したりします』
『人の真似をせず、自分で考えて自分のものにできる、そんな芯を持った若者だからこそ、私は期待しています』


とても胸が熱くなりました。
大衆として世論が動いていってしまうなかに、ひとりひとりが意見をもつこと。
これが平和の実現を続けていく要素なんだろうと学びました。

とても当たり前のようなことですが、根本的に大切なことです。

政治家のせいにしてはなりません。
その政治家を選ぶのもぼくたち自身です。

分かってくれない、考えが浅はかな人が多いなど嘆くのではなく、みんなが議論でき考えられるベースづくりをしなければなりません。



課題は山積しています。

改憲の問題。
防衛費の問題。
核所有の問題。
海外支援の問題。


子ども達に問います。
戦争して良いんかね?⇒ダメ~。
平和なのと平和やないのとどっちが良い?⇒平和〜。

総論としては、みんな共感してるんです。

この場にてとやかくは言いませんが、
もっと、議論を因数分解して、課題のひとつひとつに対峙できるようにしなければならないと思います。

もちろん、様々な事柄がくっついていて、繋がっていて、
自分達だけでなく、相手がある、敵がある問題ですから一筋縄にはいきません。


まず、ぼくたちにでも、できることは、
想いを馳せていくことだろうと思います。

興味関心を高めていくことだろうと思います。

話題をつくっていくということも大事でしょう。
学びの場をつくっていくということも大事でしょう。

平和学習を行っていた『夏休みの登校日』は無くなりました。
現在も実施している市町村もあるそうです。

学校教育に頼るのではなく、家庭教育学級にて実施することもできるはずです。
自分たちで活動・行動できることを考えていきたいです。


もうすぐ戦後80年。
ぼくとしては、ここが節目だと思っています。

政治や学校教育だけに頼らず、
自分たちで、市民のチカラで、市民活動や地域活動の分野で、
平和への関心や学びを得る機会づくりにチャレンジしていきたいと思っています。

77年後の今日。
ちっぽけなぼくの、心に湧いたたつぶやきです。
4人の子ども達が喜寿を迎える頃にも、『絶対に』平和が続いていく社会をつくっていくということ。
今という、そのとき、そのときの、積み上げなんだろうと思います。


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