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僕たちもバタバタと生きるよ

ここイギリスでも半年遅れで公開になった「君たちはどう生きるか」「Boy and the Heron」、やっと見る事ができました。殆どネタバレとかも無く、ニュートラルな感じで鑑賞。年末年始休暇期、こっちでもゴジラと共にそこそこ話題になってますよ。

近ちゃんも、ヤッチンも、パクさんも、大塚さん二三さんも、みんないなくなっちゃった中、おじいちゃんがひとりぼっちで人生振り返りアニメ作ってる…。なんかもう終始泣けてくる感じでした。風立ちぬの時ですらそういう雰囲気だったのに、そっから更に10年経ってますから。重みが違います。


天才おじいちゃん

しかしまあ宮崎氏、相変わらず恐るべき才能。この圧倒的イマジネーションと演出力。ひたすら丁寧で緻密な観察と表現。派手なシーンは少なめなのに、息を飲む美しさと緩急のテンポ。すごいアニメ作る人はいっぱいいるけど、やっぱりこの人だけいっこ次元が違う。何がここまでの違いを生むんだろう。さすが7年もこねくり回してただけあって、なかなかのアブストラクトっぷり。もはや児童純文学って感じで、銀河鉄道とかモモとかを彷彿とさせるような、こういう作品はむしろ子供の方が純粋に楽しめるのでは。

スタジオポノックみたくジブリ直系の技術を持つスタジオでも、このレベルには全く到達できない。つまりやっぱり作品制作は技術ではなく、脚本構成演出などの属人的な作家性に寄るところが大きいって事です。当たり前ですけど。あとアオサギこと鈴木氏も、資金周り宣伝周りタイアップ周り、相変わらず不敵でヤクザな良い裏方仕事してます。なんだかんだ言って、このコンビがそもそもジブリのミラクルだった訳ですよ。

それにしても82歳ですよ。まだ元気そうだし、今後もいくつか作品は作れるかもだけど、ガッツリ長編監督はさすがにこれが最後でしょう。もはや本人による神作画カットは見れないだろうしコンテも厳しそう。晩年の黒澤みたく総監督的ポジションで演出に集中すればいけるかな。でも本人は描きたいだろうし、たぶん描きながらイメージ膨らませるタイプだと思うのでキツそう。彼のイメージを具現化できるアニメーターがいればなあ。次作はAI活用なんて噂も出てはいるけど、毛虫の映画はイマイチだったっぽいし、そんな上手くはいかないか。まあ北斎なんかは、平均寿命50歳の時代に88歳で死ぬまで描いてたっていうし、水木氏だって90代まで仕事してました。宮崎氏も妖怪化して乙事主としてやってくれるかも。

NHKのあれ

ついでに「プロフェッショナル・仕事の流儀」も、Youtubeの違法アップロードで見ました(オイ)。Youtubeがオススメしてきたんだから僕のせいじゃありません。7年の密着ドキュメントとか常軌を逸してますね。ポニョん時も風立ちぬの時もすごかったけど。存在そのものがドラマエンタメになるし、価値がある。もうなんかテンキネっつーか人間国宝つーか、ムツゴロウさん化してます。国民栄誉賞待ったなし。

僕のジブリ歴

僕は宮崎アニメで育ったオンタイム世代です。たぶん一番最初に好きになったのは名探偵ホームズパンダコパンダとかかな。その頃は幼な過ぎて作家の事なんて考えもしなかったけど、既に「他のアニメと明らかに違う」と感じてたのを覚えています。名作劇場コナンは再放送で見てた。ナウシカもテレビで見たけど、当時は意味が分からず、しかしビジュアルだけでスゲーと思ってました。

で、ある日おばあちゃんちで見た金ローで流れた「ラピュタ」にやられました。当時小学校低学年、いわゆる「雷に打たれた」ってやつです。釘付けになって動けない程のめり込みました。衝撃的過ぎて、それからしばらく熱病みたいになって毎日空を眺めてました。

劇場初体験は、父親に連れてってもらったトトロでした。火垂るの墓との同時上映の衝撃。まあ僕は広島っ子なので、戦争モノには耐性あってヘーキでしたけど。魔女の宅急便は試写会チケットゲットして、そこで初めて舞台挨拶に来てた生パヤオを見ました。その辺で「ああこの人が全部作ってたんだ」ていうのを初めて認識しました。そこからはもう普通に、数年おきの新作を全部チェック。毎度安定の高品質、ジブリの存在は認識したけど、制作現場やビジネスサイドの事なんて全然知らない、ただの子供のアニメファンでした。

そこから大人になるまで繰り返しDVD見てたし、大人になってクリエイターサイドになってもずっと楽しんでます。むしろ大人になる程その凄さがどんどんわかってくる。そして気づけば今や自分がナウシカ当時の宮崎氏の年齢になってしまいました。そらジブリもみんな爺さんになる訳だわ。立派なアニメオタクに育てて頂きました。

作家という生き物

僕もプロダクトや作品を作ったり、漫画描いたりするようになって、色々分かってきた事があります。物作りがどういう風に行われるか。作家とはどういう生き物なのか。

映画だろうがアニメだろうが、絵画も音楽も小説も職人も、物を作る人というのは「取り込んだ何かを自分のフィルターを通して加工して出力する」人たちです。自らの経験と記憶、感情の起伏や理想を作品に変換していく。登場物全てに作家の一部が乗っていて、そこにその人特有の偏りや歪み、思想が表質します。作品を見に行く、というのはつまり作家に会いに行くという事。その人が何に感動したのか、どこで拗らせたのか、どんな性癖があるのか、どんな願望を持ってるのか。作家が公衆の面前で裸踊りしてるのを見に行く体験です。自分が持ってない知識や経験してない感情などは再現できないので、知識経験が乏しいと、二番三番煎じの模倣や想像、表層的方法論や手癖だけで作るしかなくなって、なろう作品のようになってしまいます。

日本アニメの始祖・手塚治虫に始まり、宮崎富野の世代はオタク第一世代とか言われたりします。欧米のアニメや一次資料を取り込みまくった人たちです。その第一世代の作品を見て育ったのが庵野押井とかの第二世代。その世代も既に還暦済み。細野新海とかが僕らの第三・四世代でしょうか。高い知識教養と偏執的嗜好フィルターを持ち、強烈な作家性を発揮する作家たち。現役作家でもすごい人はたくさんいますが、宮崎氏のような突出した作家はそうそう生まれるもんじゃないですね。前作の「風立ちぬ」で語られたのも、創作衝動と業についての作家論でした。

プロダクトはお客さんに対して作られる商品・製品で、セオリーと技術だけでも高品質なものを作る事ができます。ハリウッドのブロックバスター豪華エンタメみたいなやつです。技術ひとつひとつにも職人の作家性は宿りますが、その技術を使って何を表現するかという、方法論だけでは到達できない領域が真の作家性です。そうして作られる「作品」は、製品としての性質は担保しつつも、作家が自らを掘り下げ削り出した、私小説・自伝的深みに突入していきます。

高畑氏や押井氏は絵を描かない作家監督ですが、宮崎氏や庵野氏は天才アニメーターから監督になった作家です。技術と思想の両方を持ち、自分のイメージを自分でビジュアライズする事ができます。強い。「君たちはどう生きるか」なんて、第一世代の天才作家が最新の天才技術を用いて作った集大成自伝私小説+遺言書的作品なので、もう極上最高の御馳走な訳です。エンタメ商品としては若干メタ過ぎてわかりづらいのはその通りですが、むしろ制約を取り払って自由に飛び回ってる感じが、別のエンタメ性を生んでいて美味い。おじいちゃんが子供のように夢の世界をはしゃぎ回ってる。ミラルパの成仏シーンとか思い出してまた泣けてくる。

例えばディズニーはデザインプロダクトでピクサーは作家作品、みたいな事よく言われます。それぞれ良し悪しありますが、僕は作家が見えない作品にはあまり興味が湧きません。甘い辛いばっかりで出汁のない料理っつーか。そんな人の踊り見てもあんまり面白くなさそうだし。AIにブラックジャックの新作描かせて喜んでるどっかのバカ息子とか、マジでイタいからほんとやめた方がいいです。インコ大王みたいになっちゃいますよ。

彼はそう生きた

今や世界的超有名人となった宮崎氏。なのに本人のキャラが強過ぎて、なんかもうみんなにとっての「親戚の変なおじさん」感、というか今は「国民的おじいちゃん」ですかね。アニメ作家としてブッちぎりの天才である宮崎氏も、その他の部分は別に普通の、というかかなり不器用なお茶目熱血おじいちゃんです。挫折も苦悩も悲喜交々もあって、拗らせやらかし調子に乗り。ジブリアニメに出てくるオッサンキャラそのまんまじゃないか。がむしゃらにバタバタと七顛八倒しながら生きてきて、いつか気づけばこんな事になってた。もう同世代の仲間達もみんないなくなって、自分も終わりを近くに感じながら、自らの人生を振り返る。そして少年の姿で次の世代に語りかける。「自分はこんな感じで生きたよ」。そして奇跡の隕石は砕け散り、塔は崩壊、みんなそれぞれの人生に戻っていく。

宮崎氏の事もジブリの事もなんも知らない人が、いきなりこの映画単体を見て「?」となるのはしょうがないと思います。ピカソの事なんも知らずにキュビズム見て「?」となるようなもんです。でも、あなたの大好きなおじいちゃんが「あんな事あったよこんな事感じたよ」て思い出を、摩訶不思議物語調で話してくれてると思うと、たとえちょいちょい意味不明だったとしても、もうそれだけで愛おしくて優しい映画に思える。と同時にさよなら言われてるような強烈な寂しさ。もう泣いちゃうって。

僕たちは別に天才でもなんでもないけど、それでも「どう生きるか」と問うてくるなら、たぶん同じように登ったり落ちたり、泣いたり笑ったり「僕たちもバタバタと生きるよ」と答えると思います。


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