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映画業界 ハラスメント体験記【奴隷日記#4】

産学協同映画クランクイン!

ついに、問題だらけの産学協同映画がクランクイン。この現場では、数人の「プロ」で活躍するOBが演出部や制作部のチーフを務め、その他の部署でも各部署の先生方が学生に教えながら現場が進む。監督領域も8人体制で各シーン分担していた。

カメラこそ学生が回すものの、その構図やカット割は基本的に教授陣が行う、誰が主体かよく分からぬ映画だ。無論、監督が八人もいるのだから、一貫した作品になる由もなく、1日1日全く異なる手法で演出付けされる俳優部も、それに合わせる技術部も、誰も作品の全貌など理解していなかっただろう。監督志望の学生としては、なんでカメラは学生なのに監督は学生じゃないのか、不満でしかなかった。

私は初日、あの”カチンコ”なるものを人生で初めて打った。同時にもう2度としないと心に誓った。カチンコを打つのが死ぬほど下手で、その日の監督だった全力カチンコおじさん(仮名)が「馬鹿野郎!こうやって打つんだよ!」と何度も注意してくる。「そんなことどうでもいいから、お前はもう少しまともな演出をしろ」と心でグッと堪えていたのだが。

とにかく、現場は戦場状態だ。誰もがバラバラに動くし、監督がいる横に、別のシーンの監督が何人もいるし、「ウルセェ!」「〇〇どこや!」「監督呼んでこい!」「〇〇さん今日は監督じゃないでしょ!」と、怒声が聞こえる。そんな中で途中参加の学生が「今日からよろしくお願いします」と入ってきたりするのだから、もはやカオスである。

そういう現場での、何日目かのブックカフェのシーンで、美術部のアキさんは爆発する。

 

全力カチンコおじさん応援団、老害VSモンスター!

先述の”全力カチンコおじさん”が大暴れした日だ。彼は、かつて助監督として所属会社以外でも名が轟き、最終的には若松プロで活躍する、それはそれは素晴らしい助監督だったのだが(ある時期あるジャンルの映画では、彼の名前が頻出するほどである)、今は典型的な老害として周囲に愛されている。私も大好きな方なので、誤解なきように。

その全力カチンコおじさん、その日は監督でも無いのに、ずっと現場に帯同していた。全員、「何でこいついるんだよ」という顔で接していた。その日の撮影は大学内のブックカフェで行われた。ここは、映像学科の管轄ではない、学科外の領域で、無理を言って撮影を許可してもらった場所だ。とにかく「原状復帰」が命題で、備品をぞんざいに扱うなど、ご法度中のご法度だった。

制作部は内装の備品に目を光らせていた。そういうシーンで、老害は暴れる。何でもかんでもめちゃくちゃに動かし、ブックカフェの本棚を荒らし、その配置は原状復帰不可能になってしまう。

「後でテキトーに戻せばバレねぇよ!」

と逆ギレするおじさんに、アキさんはどんどん機嫌が悪くなる。それもそのはずで、基本的に美術部がその内装を受け持つわけだから、勝手に動かされると、仕事にならないのだ。

「動かした奴が責任持って戻せよ!」

と怒鳴りつける。 J太郎は八つ当たりのように、何度か殴られる。初めてアキさんの暴力を見る学生もいたらしく、現場はどんどん不穏になり、その日のアキさんは、「学科長」にも「おじさん」にも、誰彼構わず怒鳴り散らしていた。

「まぁまぁ、授業だからそんなに怒らずに」

と宥める学科長を尻目に、アキさんはどんどんヒートアップした。

めちゃくちゃな状況に、楽しそうなJ太郎は「どんどんやれ」と小声で応援していた。アキさんVSおじさん、老害同士の間接的な大喧嘩の光景に、私もニタニタしてしまった。おじさんが荒らしたものを、ブチギレながら元に戻すアキさん、けれどおじさんは何度も何度も荒らし続ける。アキさんも、目上の存在であるおじさんには、そうそう面と向かっては立て付けず、常にイライラを押し殺して、片付けに明け暮れた。この現場は、その日休んでいたスナフキンや他の学生にも伝わり、伝説の回として語り継がれることになる。

 

雨の回し蹴り、後、ペーパードライバーJ太郎!大学を爆走!

その現場もなんとか無事に終わり、後始末も何とか終わらせ、無事にその日が終わろうかと思ったブックカフェでの出来事。外には雨がパラつき始めていた。

アキさん「消えもので汚れた食器、頼んだぞ。車回しといて」

と言い放つ。ここで言う消えものとは、ブックカフェのシーンで使われた飲み物やケーキのこと。それを入れてた食器の後始末をJ太郎に頼んだのだ。スタジオまでは遠かったので、J太郎は近くのトイレで食器を洗いに行く。私も美術担当だったので手伝う。

その日のカオスな現場を振り返り、和気藹々と洗い物を済ませる。時間にしては2分程度。トイレから出て、車を回しに向かうと、道中アキさんと鉢合わせる。

アキさん「遅すぎじゃ!何しとんじゃ!」

J太郎「すいません」

アキさん「俺、洗い物なんかええから車回せ!って言ったんやけど」

と話し始める。アキさんが言うには、「汚れた食器、頼んだぞ」は”スタジオに運べ”ということだったらしく、そのために車を回せと言うことだったらしい。つまり、意図を読み取れず洗い物をしてしまったJ太郎は、罪を犯したことになる。とにかくアキさん語を理解できない時は、当然殴られる。

ただ今回は、アキさんが荷物を持っており、手が塞がっていた。「だから」と言う接続詞も変なのだが、彼は顔に回し蹴りをした。雨で濡れた靴から、しぶきが飛ぶスピードで。両手に食器を抱えていたJ太郎は、そのあまりの蹴りの勢いに、頭が揺れたのだが、食器を落とさなくて良かった、もっとひどい暴力が待っていただろうから。まさに下のような感じ。

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そこからの出来事は映画のようだった。蹴られたJ太郎は一目散に走り、校外の駐車場に向かう。背後からは「1分で来い」とアキさんが怒鳴る。私は彼を追いかけるが、追いつかない。成人の全力疾走は本当に早い。車に飛び乗り、エンジンをかけようとするも、全くかからない。どうしよ、と慌てるJ太郎。私も慌ててスマホで対処法を調べる。ようやくエンジンがかかる。ただ彼はペーパードライバーだった。急発信、急ブレーキを繰り返し、警備員のもとへ。警備員が入構許可に手間取る。時計を見る。5分も経っている。慌てるJ太郎。爆速で坂を駆け上がる。その様子はサスペンス映画そのものだ。

アキさんのいた所に到着する。アキさんがいない。ゲームオーバー。意気消沈。

私は俳優部の次の日の段取りがあり、そのタイミングで別れたが、彼がその後何をされたかは容易に想像が付く。いかに彼がアキさんの言葉に恐怖を感じていたのか、何度もいうが、これはハラスメントで済ませていい状況なのか?「映画だから」許されてしまうのか?

 

「今日は大人しくしてなきゃな」

アキさんの暴力は、そのまま止むことなく、クランクアップを迎える。スナフキンが現場に来たときは、J太郎とスナフキンのみでの現場も多くあり、「いつアキさんが来るか」と怯えるJ太郎の姿をよく覚えている。私が告げ口したアキさんの暴力を見ても、他の教授陣は何ら行動することはなかった。あろうことか、いつもは温厚な教授が学生を冗談交じりに小突いたり、普段は怒鳴らない人も学生に怒鳴ったりしていた。映画とはそういうものなんだなと改めて実感した。

大変気持ち悪いなと思うのは、それなりに名の通ったプロの俳優部や、大学の取材カメラが入った日に限って、「とても和気藹々とした現場」を演じていた。無自覚なのかもしれないが、そういう日に限って、教授陣は機嫌よくお喋りしたり、学生にも幾分丁寧だった。これはスナフキンも感じていたらしいから主観ではないと思う。アキさんも、そういう日は絶対にJ太郎を表では殴らなかった。裏に連れ込んで殴っていた。

私にはそれが本当に気持ち悪かった。あれじゃ、組織として問題を隠してますと言ってるようなものだ。間違いなく、問題を理解した上で隠蔽している。「今日は大人しくしなきゃな」なんて私に言ってくる人もいた。その空気感はイジメと同じではないか。私自身も叩けば埃の出る人間だと理解している。過去に人を殴った過ちもある。それでも、ここまで不純で気持ちの悪い心理に支配された空間は、初めてだった。狭い空間で起こる、非日常、映画撮影そのものが非日常だから仕方ないのだろうか。

私は参加して改めて思うが、この産学、もう2度とする必要はないと思う。というか、してはならない。馬鹿は真似をする。

ハラスメントを放置をする。こんな演出・構図で良いのかと技術面で指摘しても「授業だから」と言い訳する。かと思えば、学生主体とは名ばかりの状況には、「映画だから」と言い訳する。教授同士でも給料の面や時間外労働の面でバトルが起こり、そこから外れた人間は現場から排斥される。あいつは〇〇派なんて言葉、老人から聞きたくない。学生においても、あまり現場経験の少ない人間は取り残され、少しミスをすれば睨まれたり怒鳴られたり、ハブられたり笑われたり。学生が映画現場を経験するための企画のはずなのに、この状況はよくわからない。何がしたいのか、全くわからない。そんな予算があるなら、学生に金渡して勝手に作らせた方が、幾分マシだ。

 

「J太郎、4月いっぱい貰うぞ」

兎にも角にも、1ヶ月続いた、そういう気持ちの悪い映画現場を、J太郎は乗り切ったのだ。ただの1日も休まず、撮影休日も返上して。そんな学生、誰一人いない。所詮、授業の延長の企画なのだから、やはり別の授業があるときは休むし、バイトもある。単位をもらいたければ、撮影を5日間いくだけで済んだ。あのカオスな現場に辟易してフェードアウトする学生も多くいた。私個人も、来季の学費支払いが待った無しに差し迫り、半分程度しか参加しなかった。

J太郎はその間、生活費を稼ぎながら参加していた。現場が終われば夜勤に入り、殆ど寝ずに翌日の現場へ向かう。時には夜勤が2、3日続くこともあり、どんどん顔色は悪くなっていたが、仕方ない。働かなきゃ下宿生の彼は、明日の飯さえ保障されない。そういう状況下にも、J太郎は撮影休日の呼び出しにも駆けつけ、美術部としての役目を果たした。

この姿には、流石のアキさんも納得したようで、現場の最後の方になって私に電話をかけてくる。

アキさん「ドウの卒業制作、いつからや」

私「4月から徐々に準備は始めると思います」

アキさん「悪いんやけど、J太郎、4月いっぱい貰うぞ

私「例の現場ですか」

アキさん「そうや、J太郎を連れていく。男にしたる」

私「J太郎はやるって言ってますか」

アキさん「今話したところや。まぁ安心しろ。J太郎が音を上げて、映画辞めることになったら、俺が卒業制作の美術やったるから」

私は不安すぎて、慌てて車に乗り込んだ。案の定、いつもの飲み屋にアキさんとJ太郎とスナフキンがいた。J太郎は、ちょっとは認められたと嬉しそうに酒を飲んでいた。

アキさん「ドウも手伝ってもらえへんか?」

私「?」

アキさん「最初の3日だけでええから。こいつの運転じゃ怖いし。また連絡する」

と私もなぜか強引に入れられる。どんな作品かも知らないまま。後々、嬉しそうにJ太郎が私の家に来て「美術助手として台本に載ってるんよ」と見せてくれたので、その時に初めて台本を読んだ。クソ面白くなかったが、J太郎の保護者として、またアキさんの監視役としての気持ちで、参加を承諾した。

 

いざ出発!われら映像美術アキ組?

それから数日の出来事。産学のクランクアップから程なく、私は自分の卒業制作の企画を進るべく、大学にいた日のこと。呼び出しを受ける。

アキさん「明日空いてるか?」

私「空いてますけど」

アキさん「明日から仕込み入るから、3日間だけ来てくれ」

こうして、突然出発の日が決まる。私は、他にロケハンや別件の予定を全て取り消し、愛知の商業映画の現場に向かうことになる。

そして迎える出発の日。少しでも美術予算を抑えるべく、ハイエースに大学の美術品を満杯に入れての出発だった。その日の車内で、J太郎がいない折、

「タダとは言わん。そんなに多くはないけど、5万くらいは払うから」

と話される。余談だが、J太郎は正式なスタッフで、台本にも美術助手と明記されていたが、私は台本にも載らない美術応援という立ち位置。正スタッフのJ太郎のギャラは、美術部必携のインパクト(2万円程度)を買ってもらうことだった。じつはこの時期、J太郎は自分のインパクトを盗まれており、そのギャラを聞いて飛び上がって喜んでいた。

この一連の会話を読むだけで、私もJ太郎も、金のために現場に参加したわけではないことは分かって頂けるだろう。ただもちろん、このシリーズのタイトル通り、後々「奴隷宣言」を受け、この話はなかったことになるのだ。ちなみにその奴隷宣言は、私が愛知に入ってから12日程が経った頃のことである。当初は3日だけの筈が、なぜ12日経っているのか?

それから出発の車内で、「J太郎が音上げて、映画辞めることになったら、俺が卒業制作の美術やったるから」と話していたアキさんの真意を尋ねた。

私「あれどういうことやったんですか」

アキさん「あいつは続けてさえいれば、この業界生きていけると思ってる。だからどっかでクビにして、その考えを変えやなあかんと思ってるんや」

私「そういう甘い考えも、J太郎にはあるとは思いますけど」

アキさん「続けたいのにできひんって事の恐ろしさを教えたるんや」

私「アキさんの考えは別に否定しませんが、俺がいる間は、そういうことやめてくださいね、負担デカくなりますから」

この言葉はもちろん真意ではない。それから続ける。

私「J太郎がやめさせられたら、俺も一緒にやめますから」

はっきりと言ったことを覚えている。 J太郎は、こんな会話を知らないので、2週間後なぜあんなことになったのか理解できなかっただろう。アキさんの中では、おそらくどこかのタイミングでクビにしようと決めていたのだ。私は何度も止めたが。最終的にJ太郎はクビになる。そして私はこの時の宣言通り、一緒に辞めることになる。

 

次回予告

さて、今回の一連の記事の本当に伝えたい部分が次回以降訪れる。

今までは足早に記したので、まだまだひどい部分はあるが、この愛知の現場に関しては、パワハラ、モラハラ、アルハラ、セクハラ、無賃無休、長時間労働、一方的な契約解消、プライベートゼロ、もちろん、暴力暴言と役満である。それから、彼の美術としての力量に疑いを強く持ってしまったことも記す。それが要因で、今まで僅かにでもあった尊敬を失い、J太郎が遂に、モンスターから放たれる瞬間まで。じっくりと書いていこうと思う。


次に読んでほしいおすすめ記事はこちら!


前回の記事ですが最後に、この奴隷日記を振り返った、J太郎との会話を対談形式でまとめています。200円という金額ですが、いただいたお金は全て今後の映画制作に使わせていただきますので、ぜひご検討ください。
今回の体験記とはまた違いますが、私がJK売り子をやっている女子高生に取材したお話です。なかなか濃密になっていると思いますが、ぜひ読んでみてください!
こちらは現在、私が属しているスタジオカナリヤのnoteです。現状の映画製作やアニメーションの習作、YouTubeの雑記などを週3ペースで更新していますので、ぜひ読んでみてください。


最後に

ぜひ読んでくださった方は、スキを押してもらえるとモチベーションにつながります。また、この記事は被害者本人の許可のもと書いております。

定期的に有料記事にはなりますが、今現在のJ太郎とともに、この奴隷日記を振り返る会話形式のインタビューを掲載しています。こちらは、全額現在の映画製作に当てさせていただきますので、ぜひご検討ください。

(最新のインタビューが掲載されている記事はこちら!)

また、応援したい!と思ってくださった方は、サポートもお待ちしております。私が代表を務めるスタジオカナリヤでは、J太郎も美術部として属しており、そちらの活動に全て充てますので、よろしくお願いします。

少しでも私のことを応援したいなと思って下さった方、そのお気持ちだけで励みになります。その上で、少しだけ余裕のある方は、サポート頂けますと幸いです。活動の一部に利用させていただきます。