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雑文(92)「ボディソープ」

 いい匂いだねって、翔吾ってば、翔吾の方がいい匂いだねって、私に言わせたいの、翔吾たぶん気付いてないと思うけど、ばればれだよ。
 付き合って何年になるって、そうか翔吾、数えるのが苦手だから、私の誕生日だって、たまに忘れて、ごめんって笑って、もちろん寛容さが取り柄の私だから、許してあげるけどさ。
 それにしては、それだから? 翔吾、毎日が記念日だって、君に逢えた記念日だって、私のこと忘れて、笑って祝ってくれるけどさ、翔吾なりのジョークだって私、知ってるんだからね。そうやって私を馬鹿にして揶揄ってる翔吾が、好き。そんな翔吾が好きなのを翔吾、知っててわざとしてるの私、知ってるんだからね。だから翔吾おすすめの、ドンペリのピンク開けてあげるね。きょうは私に逢えた記念日なんだよね? 翔吾が笑って、皆んなと盛り上げてくれるから私、嬉しくなってもう一本、ドンペリピンク持って来てって翔吾に言ったら、翔吾泣きそうに笑って、それが可愛くて可愛くて仕方ないって私が知ってて翔吾、泣きそうに笑って、私の為に、ほとんどドンペリ呑んで、アルコール苦手な私を助けてくれて、とても嬉しいよ。愛してる翔吾、好きだよ翔吾。

 熱いシャワーを頭から浴びて、私は汚れた私を綺麗にするの。翔吾に逢う為に、私を泡立てて、翔吾が好きだって、私を抱きしめてくれた、いい匂いだねって、私の頭をごしごし撫でて、やめてえ、ごしごししないでって恥ずかしがる私を知って翔吾、わざとごしごし私の頭を撫でて、私を、私のいい匂いを、好いてくれるのかな。幸せ。翔吾といると私、幸せだから。だから私、汚れてしまった私をごしごし洗って、清潔になるの。翔吾に逢う為に私、ごしごし洗って、翔吾の好きないい匂いを漂わせて翔吾に逢うの。抱きしめて、私の頭をごしごし撫でてもらう為に、私が好きなのを知って翔吾、ごしごし私の頭を撫でて、私を愛してくれる。そんな翔吾が私、とっても、とっても、好きだよ。世界中の誰よりも私は翔吾が好き。だから私は汚れた私を洗って翔吾に逢いに行くの。翔吾に逢う為に、私を綺麗に洗って、綺麗になった、いい匂いを漂わす私が翔吾に逢いに行くの。翔吾たぶん私の誕生日忘れてるけど、数えるの苦手だから仕方ないけど、きょうもあしたも私に逢えた記念日だから翔吾、私を愛してくれる。いい匂いを漂わす私を翔吾、愛してくれる。

 排水口の蓋の上に、こんもりと白く膨らんだ泡が、いい匂いを漂わせて留まっていたが、降り注ぐシャワーの湯のうずに呑み込まれ、泡は跡形なく、排水と一緒に下水道菅内を流れ、流れ着いた地下深くの下水道で泡は、いい匂いのした泡は、他のいい匂いのした泡と合流して、泡と泡は、いい匂いのしない下水に混ざって、下水処理場に流れていった。

   おしまい

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