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お題②

彼女には花がよく似合うと思っていたのはきっと、僕だけではないだろう。
美しい人だった。
金木犀の香りがして、奥底へとしまい込んだ記憶が僕を呼んでいる。
あの日の彼女がどんなかおをしていたかすら、ぼんやりと霞んでいるのに。
なにかに急かされるように夢中で駆け出して、頬にあたる風が冷たく嗤う。
野良猫がにゃあと鳴く、ここにはひとり
血のような赫、目を塞ぎたくなるほどの夕焼け
全部振りほどくみたいに走っているのに呑み込まれて、融け合うみたいに世界が耳元で脈を打つ。
夕日が心臓のようだからあれが沈むとき自分も死にたいと、そう笑っていたのは誰だった?
四つ辻に佇む花束が、どこに行くのと囁いて僕の足を止める、次の瞬間目の前を走り去って行った車に散らされてそれっきり何も言わない。
ただの花だ。
それなのに花に囲まれた彼女の姿がちらついて仕方がなくてそっと拾いあげる。
どこからか金木犀の香りがする。
現実に引き戻されるような感覚とともに、赫かった世界が終わっていることに気付かされる。
遠くに聞こえる子供の笑い声。
薄暗い四つ辻、もうここに花束はない。
渇いた息が溶けていく先にはどこまでも続く闇が広がっていて、そこに存在していた事実すら曖昧に滲んで消えていく。
「もういいかい」
まぁだだよ
彼女の笑顔にもう一度触れたいと足掻いたところで叶わないから夢でした


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お題
「彼女には花がよく似合う」で始まり
「叶わないから夢でした」で終わる

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