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文豪たちのツボ 第一号

【自己紹介】

 こんにちは、はじめまして。

 主に雑誌や新聞で書評を執筆している石井千湖と申します。二〇二二年二月一日より、BOOKSHOP TRAVELLERでひと箱書店を始めました。「文豪たちのツボ」という店名の由来は、著書の『文豪たちの友情』(新潮文庫)と『名著のツボ』(文藝春秋)です。

 生まれ育った佐賀県の小さな町には、いま一軒も書店がありません。わたしが子供のころは雑誌と文庫と漫画を少しだけ置いている街の本屋が二軒あったのに、いつのまにかなくなってしまったみたいです。

 小学校にも中学校にも本を読む友達はおらず、家族のなかで大学に進学したのは自分だけ。そんなわたしが書店員を経てライターになり、文豪や名著にまつわる本を出したなんて不思議な気がします。発売から半年以上経ちましたが、まだまだ読んでいただきたい。いつでも手に取れる場所があるといいなと思って出店しました。ぜひ、ページをめくってみてください。

 『文豪たちの友情』は新潮社装幀室の装幀。表紙と各章の扉のイラストを描いてくださったのはシラノさんです。どの絵も素晴らしいのですが、中でも嬉しかったのが、第三章の谷崎潤一郎と佐藤春夫。アクは強いけれどもチャーミングなコンビが目の前にいるように生き生きと描かれています。

 『名著のツボ』の装幀は佐藤亜沙美さん。ポップな表紙にしてくださいました。キュートなイラストは間芝勇輔さん。見た目は柔らかいけれども、内容は本格的です。哲学書から歴史書、文学作品まで、各界の第一人者が「読み」のポイントを解説してくださっています。

 「文豪たちのツボ」には、『文豪たちの友情』『名著のツボ』のほか、わたしの蔵書の中からおすすめの本を置きます。みなさんと本の楽しい出会いの場になりますように。不定期ですが、フリーペーパーも発行する予定です。お知らせはTwitter(@ishiichiko)にて。よろしくおねがいします。

【文豪とは?】

 「精選版 日本国語大辞典」によれば〈文学や文章の大家。きわだってすぐれた文学の作家〉。〈大家〉とか〈きわだってすぐれた〉の基準は曖昧なので、わたしは教科書や文学史に名前が出てくる人物という感じでとらえています。

 作家・批評家など文筆家の社会が「文壇」。佐藤春夫はこんな文章を書いています。

 大体において芸術家の心情を常に重ずるやうに心がけているのが芸術家で、そのやうな連中が互に集つて、世俗以外の標準―名声だとか、金銭だとか、威勢だとか、そんなもの以外の標準を生き甲斐の通貨にする社会を世俗の外に形成しようとして居たのが古来の文壇乃至芸苑の理想だつた、らしいのだが、今日では、芸術家であるよりも人間であることが第一といふ道理が、どういふ風に活用されたものだか、文壇といふところも亦、世俗社会の中のその片隅へ、世俗社会と同じものを、小規模に捕へて、即ち、文壇といふものは、下駄屋の同業や、車夫の仲間や、パン屋同志や、政治家蓮中や、さては役人社会や、そんなものと一向何の変りのないただの職業といふことになつてしまつたかの観がある。

「秋風一夕話」『退屈読本』

 芸術家たちが世俗の外に形成しようとしたユートピアで、どんな人間模様が繰り広げられていたのか。彼ら自身の言葉によって残っているところが魅力だと思います。

 わたしが佐藤春夫を推すのは、文壇の仲間たちを時に辛辣に批判しつつも、語り口が妙にかわいくて愛があふれているからなんですよね。芸術や友情に対して純粋な感じに惹かれます。漫画の『ブルーピリオド』を読んで東京芸大に憧れる人がいるように、『退屈読本』を読んで文壇に憧れた若者も多かったでしょう。大正時代の文壇を知るために、おすすめしたい本です。

BOOKSHOP TRAVELLERで配布しているフリーペーパーに掲載した文章です。

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