ISHIYA私観「平成ハードコア史」第4章〜#7 ジャパコアの海外進出 Ⅳ〜悪AI意

 第1章から第3章まで、昭和や平成に起きたことなどついて触れて来たが、平成という時代も西暦2000年をまたぐ頃になると、ハードコアの世界でも様々な出来事があった。
 あまりにも多くの出来事があるために、遅々として書き進める時代が進んで行かないのだが、この第4章では新たに世界に飛び出していった日本のハードコアや、多くの経験を積んだハードコアの人間たちが、どのような変化を遂げていったのかということも含め書き進めて行きたいと思っている。
 海外との交流が進むに連れて、来日バンドも多くなり、日本のハードコアシーンが国際色豊かになっていった時期でもある。
 世界の中の日本のハードコアという観点も、この第4章には登場するだろう。
 他にもまだ書けていないことや、思い出す話もあると思うので、今しばらくお付き合いを願いたい。
 売文稼業なので有料とさせていただくが、連載の励みにもなるので興味のある方は、この第4章も購入していただけると幸いだ。

 第1章、2章と同様、自分が体験したことでもないことで、馴れ馴れしくバンドに知ったかぶりをして話しかけても自己責任なので気をつけることを忠告しておく。
 昭和のハードコア・パンクの先輩たちがそうであったように、一旦中に入れば信じられないほどの優しさを見せてくれる日本のハードコア・パンクの人間たちだが、その壁は厚く高い場合があることを認識してほしい。そうでなくては、このコラムを続けることができなくなるかもしれない。

「#7 ジャパコアの海外進出 Ⅲ〜悪AI意」

 テキサス州オースティンで毎年開催されていたビッグPUNKフェス「CHAOS IN TEJAS」が、日本のハードコアの海外進出に大きな影響があったことは前回第4章#6のコラムで触れたが、CHAOS IN TEJASの出演とともにアメリカツアーを行う日本のハードコアが多くなっていたのも、PAINTBOX、FORWARD、WARHEAD、CRUDEといった日本を代表するハードコアバンドが2004年以降のCHAOS IN TEJASに出演してからである。(PAINTBOXはCHAOS IN TEJASの前身フェスであるPRANK FESへの出演)。

 そして2009年には惡AI意、CRUDE、JUDGEMENTがCHAOS IN TEJASに出演するのだが、CRUDEと惡AI意はそれぞれ別にアメリカツアーを行う。翌年2010年にはBASTARD、SLANG、CROWがCHAOS IN TEJAS出演を果たし、SLANGがアメリカツアーを行うこととなった(CROWに関してはツアーを行ったかどうかが不明)のだが、中でも第2章#15でも書いている惡AI意は、TRAGEDYのGr.TODDがVo.を務めるWARCRYと共にメキシコまで行っている。これまでメキシコまでツアーで行ったことがあるのは、惡AI意とEXTINCT GOVERNMENT、FLIP OUT A.Aぐらいではないかと思う。
 2017年にも2度目のアメリカツアーを行なっている悪AI意だが、惡AI意のVO.KOIDEに、メキシコの話を含め最初のアメリカツアーの話を訊いてみた。

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30年以上に渡るバンド活動とモヒカンの髪型も今年で35年目。音楽での表現以外に、日本や海外、様々な場所での演奏経験や、10代から社会をドロップアウトした視点の文章を雑誌やWEBで執筆中。興味があれば是非サポートを!