ISHIYA私観「平成ハードコア史」第4章〜#19 ORdER・TURTLE ISLAND〜豊田という街

 第1章から第3章まで、昭和や平成に起きたことなどついて触れて来たが、平成という時代も西暦2000年をまたぐ頃になると、ハードコアの世界でも様々な出来事があった。
 あまりにも多くの出来事があるために、遅々として書き進める時代が進んで行かないのだが、この第4章では新たに世界に飛び出していった日本のハードコアや、多くの経験を積んだハードコアの人間たちが、どのような変化を遂げていったのかということも含め書き進めて行きたいと思っている。
 海外との交流が進むに連れて、来日バンドも多くなり、日本のハードコアシーンが国際色豊かになっていった時期でもある。
 世界の中の日本のハードコアという観点も、この第4章には登場するだろう。
 他にもまだ書けていないことや、思い出す話もあると思うので、今しばらくお付き合いを願いたい。
 売文稼業なので有料とさせていただくが、連載の励みにもなるので興味のある方は、この第4章も購入していただけると幸いだ。

 第1章、2章と同様、自分が体験したことでもないことで、馴れ馴れしくバンドに知ったかぶりをして話しかけても自己責任なので気をつけることを忠告しておく。
 昭和のハードコア・パンクの先輩たちがそうであったように、一旦中に入れば信じられないほどの優しさを見せてくれる日本のハードコア・パンクの人間たちだが、その壁は厚く高い場合があることを認識してほしい。そうでなくては、このコラムを続けることができなくなるかもしれない。

「#19 ORdER・TURTLE ISLAND〜豊田という街」

 東京、大阪、名古屋、広島、札幌などの大きな街で活動しているハードコアバンドは数多く存在する。しかし小さな街にも素晴らしいバンドはたくさんいるもので、そういったバンド達は近隣にある大きな街での活動がメインになっていることが多いだろう。
 今回書こうと思っている愛知県の豊田市もそんな街で、ほとんどが近隣の大都市である名古屋で活動するバンドが多い。
 俺が初めてORdERを観たのも名古屋で一緒にやったライブのときに観たのだが、最初は名古屋のバンドだと思っていた。
 その楽曲センスは今までになかったハードコアで、ライブを観た瞬間に心を掴まれてしまった。
 メンバーのファッションセンスなどもかっこよく、ボーカルの存在感も大きかったがベースやドラムもかなり独特で、オリジナリティに溢れた楽曲とステージにはかなり衝撃を受けた。
 あまりにもカッコ良かったので、ライブが終わった後にメンバーに声をかけたてみた。

「凄ぇ独特な曲でかっこいいな!曲は誰が作ってんの?」

「俺です」

「マジで?お前なの?ボーカルかと思ってたけどお前なのかよ!」

「はい。全部俺が作ってます」

 こう答えたのが、現在ORdERのVo.で、当時はBaだったKOUSUKEだった。どうやらKOUSUKEが中心的な存在のようで、目立っていたボーカルが中心人物だと思っていた俺はかなり驚いた記憶がある。
 しかしその目立っていたボーカルというのが、現在TURTLE ISLANDのVo.で、謡方、テピョンソ、大三絃、A.Guなどもやる愛樹だった。
 俺が豊田という街の魂に触れたのは、このときが最初であった。

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30年以上に渡るバンド活動とモヒカンの髪型も今年で35年目。音楽での表現以外に、日本や海外、様々な場所での演奏経験や、10代から社会をドロップアウトした視点の文章を雑誌やWEBで執筆中。興味があれば是非サポートを!