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「文章を書くのが苦手」という息子のために、読書感想文の書き方を考えてみた話

今年は例年より短い夏休みとなったが、恒例の読書感想文の季節がやってきた。

読書感想文といえば、昨年娘(当時小6)が書いた読書感想文について、ここに書いたのがちょうど一年前。

今年は、小4になった息子が読書感想文について悩んでいた。息子はどちらかというと理系気質で、理路整然と考えるのが得意なタイプ。算数や理科など「答えがある」科目の方が得意らしい。

そんな息子が今年、読書感想文に選んだのは「赤いカブトムシ(那須 正幹 作・見山 博 絵/日本標準)」という話。

あの「ズッコケ三人組」の作者による児童文学なのだが、あらすじは後に掲載する息子の感想文を読んでいただきたい。

息子はいま、去年もらってきたカブトムシが産んだ二代目たちを大事に育てていることもあって、この本を選んだようだ。

ところが、読書感想文に対してはどうやら自分でもかなりの苦手意識を持っているらしく、最初の原稿を書き始めてみたものの、ウンウンと悩み、なかなか筆が進まない。どうやら「読書感想文って何を書けばいいのかわからない」ということのようだ。

それでも何とか書き上げたと思ったのもつかの間、どうやら目標とする分量を間違えていたらしく、大幅に足りなかったらしい。あれほど苦しみながらやっとのことで書き上げたと思った息子は、泣いた。

その最初の感想文が、こちら。

正直、それほど悪い文章ではないと思った。非常にざっくりではあるが、あらすじとともに、自分の素直な気持ちもちゃんと表現できている。小学4年生としては、まあこのくらいが普通なのではないだろうか。

強いていうなら、たしかにこれだけでは少し物足りない感じがするのと、「〇〇ということがあった」→「こう思った」という、いわゆる読書感想文によくある単調な文章になってしまっている感はある。

思い返せば、私も小学生時代は同じようなものだった。何のためにこんなものを書かなければいけないのかが分からないし、正しい書き方を習ったような覚えもない。何とか字数を埋めて、とりあえず提出できればいいだろうと思い、適当に書いていたような記憶しかない。なんなら、本自体もちゃんと全部は読んでいなかった気すらする。

とにもかくにも、分量的には最低でも2枚半くらい(息子は1枚半と勘違いしていたらしい)はあった方がいいと聞いて、これをベースに書き足せばいいのか、抜本的に書き直した方がいいのかも分からず、1枚半でも相当苦労した息子は、途方に暮れていた。

私は基本的に子どもの勉強は自主性に任せる主義なので、できるだけ手を貸したくはないのだが、あまりにも凹んでいる息子を見て、少し手を差し伸べることにした。

まずはインタビューから始めてみる

とりあえず書くべきことを箇条書きにした方がいいだろうということで、「この本を手に取った理由」「大まかなあらすじ」などを紙に書き始めていたのだが、なかなか手が動かない息子。どうやら色々考えすぎて、完全に煮詰まっているらしい。

そこで、こちらからはできるだけヒントを与えないようにしながら、まずは息子にインタビューをしてみることにした。

「カブトムシが好きだからこれを読んだってことなんだけど、カブトムシのどこが好きなの?」

「うーん。カッコいいところ」

「カブトムシのどこが特にカッコいいと思う?」

「やっぱりツノかな」

「よし、じゃあそれもメモしておこう」

といった調子で、色々聞いてみる。すると、息子も少し調子が乗ってきたのか、楽しそうに答えるようになった。とりあえず気分は持ち直したようだ。そうしてしばらくインタビューを続けたら、本を選んだ理由やあらすじに関する素材は、ある程度集めることができた。

何が分かっていないのかを考える

一方、インタビューをしているうちに、私はあることに気がついた。私が思っていた以上に、息子は本の内容もしっかり把握していて、どこにどういうことが書いてあるか、そのときの主人公の気持ちはどうだったか、といったことも分かっているということが判明したのだ。

しかしながら、なぜそれをひとつの文章にまとめることができないのか。おそらく息子は、部分部分で内容を把握しているものの、「文章の全体像が把握できていない」のではないかと、私は考えた。

どうしても目の前にある大量の文字の羅列に気を取られてしまうと、パーツパーツでは理解できても、文章としての全体像が把握しづらくなるものだ。全体像が把握できないことには、書くべきことを体系的に整理できないし、感想文としてのゴールも見えてこない。何より、この本が何を言いたいのかすら分からないのだ。

また、読書感想文において重要なのは「登場人物の感情の変化を読み取ること」だ。それは本文に書いてある場合と書いていない場合があり、どうしても本文に書かれている事実ばかりに囚われていると、いわゆる「行間に書かれていること」が見えにくくなってしまう。

そして、言わずもがな「物語を読んで自分がどう感じたか」ということが読書感想文の本質なのだが、多くの小学生は、それを文章で表現することに対して、とにかく難しいと感じているのだと思う。

「どう感じたか」と言われてしまうと、そりゃあ「驚いた」とか「すごいと思った」と答えてしまうのも無理はない。それも感想といえば立派な感想だからだ。ただそれだけでは、やっぱり文章としては面白くないのだ。

「自分がどう感じたか」ということに関して、もう少し噛み砕いて考えてみると、物語の山場となる場面において「登場人物が感じたこと」に「自分の気持ち」や「自分の経験」を照らし合わせてみると、わかりやすくなる。

それを本文の内容に沿って整理することで、文章の全体像を把握することができ、読書感想文として書くべきことが見えてくるのではないかと考えた。

文章の全体像をチャートにして可視化する

そこで、まずは本文の中で「物語の山場となるポイント」を横軸に整理してみる。次に、そのときの「主人公の感情の変化」を想像して、グラフのように整理してみることにした。

そしてさらに、それぞれのポイントで「自分だったらどう感じるか」を照らし合わせてみる。そうすることで「主人公に共感できる部分」「自分とは違うと感じる部分」を浮き彫りにすることができる。

これによって、「〇〇の場面で、主人公はこう感じた。自分でも、そのような場合は同じように感じるだろう」であるとか、「〜だが、自分だったらこう考えると思う」といったような文章に落とし込みやすくなるはずだ。

そうしてできたのが、このチャートだ。

先ほどのインタビューの流れで息子と2人でしゃべりながら、本人が図にしていったものだ。

これではちょっと分かりづらいので、このnote用にリライトしたチャートがこちら。

中でも息子が苦労したのは、最後の部分。この物語の場合、最後の場面が主人公の想像によるものなのか、実際に起きたことなのか、読者に委ねるようなラストシーンになっている。読者に委ねるということは、そのときの「主人公の気持ち」は想像するしかなく、つまるところそれは「自分の気持ち」の鏡像でもあるのだ。

そして、このときの感情を読み解くことが、この物語の「テーマ」を読み解くことにもなるということを、このチャートを使って全体像を把握することで、息子も感じ取ったらしい。考えに考え、最終的に彼は自分なりの答えを導き出すことに成功した。

「ウソなんかつかなければよかった」という言葉は、本文中に明確に書かれている言葉ではない。しかしながら、物語全体の流れを読んでいくと、最終的にたどり着く答えはコレなのだと思う。

実はこれこそが、この物語で一番言いたかったことであり、作者が読者に感じ取って欲しかった感情なのだと思う。息子にとっていちばんの収穫は、文章全体の流れを把握することで、自分でこの言葉を見つけ出した所にある。

ここまでくれば、あとはこれを整理して文章にしていけば、読書感想文は自ずと出来上がるはずだ。息子も、このチャートの完成を見て「これはイケる!」と感じたようだった。

そうして出来上がった読書感想文が、こちらである。

チャートの完成から一夜明けて、改めて原稿用紙に向かった息子はスラスラと書き始め、2時間程度でこの文章を書き上げてしまった。文章自体に関しては、私は一切手を触れていない。

息子が自信満々に持ってきた感想文を読んで、私は感動してしまった。格段に出来が良くなっている。私がやり方を教えたからというよりも、息子が自分なりに努力してこれを達成できたことに、またひとつ成長を実感した。

この方法は、もちろん誰にでもうまくハマるものではないだろう。ただ、先にも書いた通り、息子は理系的に考えることが得意なので、このように「文章の全体像を体系的に整理する」という方法がハマったのだと思う。

息子はもう何年かロボット教室というのに通っていて、最近は簡単なプログラミングのようなものも学んでいる。考えてもみれば、体系的にロジックを構築するという意味では、文章はプログラミングに似ている面もある。プログラミングを「言語」と呼ぶのも、そのことを如実に表している。

文章というと、どうしても「感覚」「情緒」に依るものだと考えてしまいがちだが、それはあくまでも「表現」に関しての話だ。文章全体の「構造」を考える上では、徹底して論理的に考える必要がある。

逆に考えれば、文章を苦手と感じてしまう人にとって、全体の構造を体系的に再構築することで、感情表現を理解しやすくなる場合もあるのではないだろうか。

「理系」「文系」という分け方にとらわれるのではなく、右脳と左脳の両方をバランスよく使うことで、算数だろうが国語だろうが、自分にとって考えやすい方法を見つけ出すことが、これからの学習にとって重要なのではないかと思う。

息子よ、よくがんばったね。


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