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エッセイ | 知らなかった景色

私が高校生の頃まで暮らしていた地元は自然が豊かな地域だった。自然が豊かと言えば聞こえは良いが、自然しかないの裏返しでもある。

ほとんどの建物は2階建でたまに3階建の建物があるくらいだ。そのため空はよく見えるし、どこにいても視線の先には山がある。

街灯もないため夜は月明かりを頼りに家へ帰ることもあれば、雨の日は側溝に落ちないよう気を付けて夜道を歩いたものだ。

夏休み前などになれば地元がニュース番組のちょっとしたコーナーに取り上げられ、「夏におすすめ」と言われながら特集されている。

「自然豊かで気持ちがいい! 空気がおいしいです!」と言うレポーターを見ていると、何だか許せない気持ちになったものだった。


大学進学のために上京した先も田舎ではあったが、地元ほどではなかった。何といっても電車が10分に1回やって来るのだから、それだけでも都会と思えた。時刻表を見なくても難なく電車に乗れるだけで都会だった。

就職のタイミングでさらに都心部寄りに引っ越してきたのだが、このタイミングで自然からは縁遠い生活になっていった。

空も狭いし緑も少ない。周りは住宅やビルばかりで窮屈だ。ただ、スポッとおさまっている感覚は嫌いじゃなかった。


仕事はその時期で向かう場所が決まっていた。特に東急東横線に乗ることが多い。

渋谷駅でJR線から東急東横線に乗り換えるのだが、10両編成のなるべく中央よりも横浜側の車両に乗りたかった。

そう言うのも、東急東横線の停車駅は横浜駅と渋谷駅を除くと、元住吉駅以外の駅は横浜側に階段や改札があるからだ。もちろんホームの中央に階段が設置されている駅もあるが、横浜側に乗れば間違いがない。

その上、元住吉駅は各駅停車しか止まらない駅のため、急行を利用する私にとってほとんど渋谷側の車両は乗ることがなかった。


ある時、時間に急かされて2両目に乗ったことがある。目的の駅に着いたらずいぶん歩かされるなと考えながら、ちょうど席が空いていたので座ることにした。

やはり2両目はすいており、座ったままでも向かい側の窓から外の景色を眺められる。中目黒駅や自由が丘駅からもほとんど人は乗ってこない。

田園調布駅を出発して多摩川駅に着いた時、外の景色を見て息をのんだ。青々とした木々が広がっているのだが、見慣れない風景だった。

他の車両に乗っていると、多摩川駅の景色といえば目隠し壁が目の前にあるだけのつまらない駅なのだが、2両目と1両目からはキレイな自然が見える。

東横線からこんなにキレイな景色が見られるとは知らなかった。もしかしたら空気もおいしいのかもしれない。



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